ヒズリの皇帝の毒園のピコの木に小さく可憐な白い花をたくさん咲かせ、そして季節が過ぎると共に花を落としきった頃。
ヒズリの国の宮廷は皆、いつになく忙しくなっていた。それは、皇帝たるクオンはもちろんヤシロやカナエにウッズも皆。その中でも一番に忙しくなっていたのはキョーコだった。
それもその筈、なにせこれより先に迎えるヒズリの皇国の国を挙げての祝典。
アカトキより迎えられた末姫のキョーコは、その式典の主役な花嫁なのだから。
ヒズリの皇帝へ他国より花嫁を迎えた際に設けられる1年の『婚姻期間』。
他国のように後宮に数多の寵姫を囲うといったこともなく、ただひとりの花嫁と添い遂げる習わしのヒズリの皇帝。
他国よりの花嫁がヒズリに馴染むよう、そして閨を共にせぬその1年の間で花嫁の腹が膨らまぬ事で異国の血を孕んでないと証明するその1年がもうすぐ過ぎようとしていた。
約定により定められた『式』をもって、名実ともにクオンの隣に立つ皇妃となるキョーコ。
婚姻を拒むかのような『死にたがり』の髪姿は依然変わらぬままだが、式典の進行や振る舞い方のレクチャーに、式の際のウェディングドレスに民へのお披露目の際のドレスやケープなどの採寸に試着とめまぐるしいようなスケジュールをこなしていく日々だった。





庭園に行こうと執務を終えたばかりのクオンに誘われたのはそんなある日の夕刻のことだった。
ふたりの思い出ともいえるキョーコの祖国の木を中央部に抱く彼の毒園。近頃ピコの木の周辺に毒のない花を植えだしたのをきっかけに、クオンと一緒の時ならばキョーコを連れての散策などもするようになっていたのだが……この時のクオンはどこか考え込むかのような様子がいつもとは違っていて。
高い鉄柵に囲まれた庭園の中の道を、剣を握る者の少し硬くなっているクオンの長い指に指を絡められる所為もあって、クオン隣を歩くキョーコもその何処かいつもと違った様に落ち着けないでいた。
やがてふたりは花を落とした後のピコの木のもとにたどり着く。
残念ながら、環境の違うヒズリの国では今年もあのつやりと艶めく赤い実を実らせてくれることはなかった木。けれど、今年は一段とたくさんのましろな花を咲かせてくれたのだから、きっと数年の間にはあの毒の実をつけてくれるのだろう。
そのピコの木を見つめたまま、クオンの低い声がキョーコに告げた。
「姫……今日、アカトキの国より使者が届いた。獲物が仕掛けに喰いついてくれたようだよ。」
ヒズリの皇帝の名の下に取り開かれた四節を祝う祝祭の宴、そこにクオンの留守を突くようにキョーコに接触した兄王の情婦をキョーコの名で招いてみせた……そのショーコを利用した罠ともいえる茶番劇が齎そうとする果てを、キョーコ告げる低い声。その声には、目論見通りに事が運んでいる割には浮かれるというより不安の色が滲むようだった。
けれど…………
「っ…………ふぅぅぅぅ。」
クオンの隣に立つ姫は小さく息を飲んだ後、その細い身を震わせるように深く息を吐き出してみせると言ったのだ。
「良かった。」
と、そう。にまりと笑みさえ浮かべながら。
祖国であるアカトキへと、くっきりとキョーコの選び取る立ち位置を提示するかのような未来へと繋がるであろうその報せを受けて。
そして、そんなキョーコをまじまじと見下ろすクオンの驚いたような翠の瞳に気付くと慌てたように言い募ったのだ。
「だって……だってですよ?あんなにたくさんの方に見られてる中でですよ?陛下のお膝の上なんてところであんなあんな…………そ、そそそれに、あの、ショーコ様をヤシロさんだと思って一瞬だけ見てとかな謎なミッションも頑張ったつもりですしっ……そのっ!?」
染めながらあわあわと混乱気味に言い募るキョーコの言葉と様子が訴えるのはつまり、あんな破廉恥恥ずかしい思いは私にはあの一度きりでいっぱいいっぱいです!!といったところだろう。
「っ…………ぶふぅっ」
そんなキョーコの隣、クオンは堪えきれずに笑いを噴き出してしまった。
仮面から覗く唇を片手で覆うようにしながらも、ふるふると見た目にもはっきりと笑いに見事な金の髪と肩を震わせている皇帝に、揶揄われたと思ったのだろうキョーコはむぅっと頬を膨らませては酷いとクオンを詰るのだけれど……
キョーコは知らない。
顔の半分を覆う黒の仮面を外し笑い過ぎて滲んだ目元をぬぐう『毒喰らい』と呼ばれる男が、王に従うのが当然の祖国で育ったキョーコが当たり前のようにごく当然とアカトキと敵対するとさえ取れるようなクオンの隣に立つのだと選んでくれている事に……式目前な今更にまってまで、どれほどの安堵を覚えているのかなんて。
そして、その愛しい姫を手離す恐れなどないのだと実感した男は、不機嫌に膨らんだままのキョーコの黒髪へとくちづけを落としながら調子に乗って強請る。





「我が花嫁、貴女が愛しくてたまらない。どうか、神への誓いを前に……その唇に触れる許しをくれないだろうか?」





誰もが美しいと褒めそやす言葉をウッズの魔法のおかげだとそう信じて疑わぬキョーコの、その魔法と呼ばれる化粧も装いもない今もクオンが欲しいと触れたいと焦がれるキョーコの唇をほのめかすように指の腹で優しくなぞりながら。
目に毒なような美貌の男の色気に、頬を赤く赤く染め上げたキョーコ。きょときょとと紅茶色の瞳を彷徨わせると、きゅっと瞼を閉じてしまったのだった。





まるで、了承と示すかのように。








✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄




きっとクオンくん的には物足りたいやつだったでしょうが、やっとこさですよ☆クオンくん。どうぞこそりとお祝いしてやってください←???
1話目にて嫁入り、33話まできてやっと初ちゅーって……我ながらほんとなんなんだろうかこの話は!?
。(;°皿°)




| 壁 |д・)……あ、次ショーくん出てくる予定です、たぶんおそらく。




↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


web拍手 by FC2