今の今までは『死にたがり』とキョーコを異端として見ていた人びとが、手のひらを返したかのように美しいと皇帝の膝の上の美姫を褒めそやす美辞麗句の限りもキョーコの心を動かすことなく耳を通り過ぎてゆくだけだった。
それが……キョーコが招いた賓客として皇帝に謁見する腹違いの兄の情婦の赤々しい唇が、優しげに語ってみせているキョーコには微塵も覚えもない彼女との微笑ましいような祖国での捏造された思い出話でも同じ。
祝祭の宴の間、キョーコに求められたのはただ狼狽えず当たり前のようにクオンのされるがままである事。
ただ一度、耳もとに低い声で囁かれた言葉の通りに兄王の情婦であるショーコを観やったその瞬間以外には、何の表情もないままに。





大陸の西方の山々を遥か遠く越えた先、太陽に愛された土地より交易されて来た果実酒。そうショーコに謳われて献上された深い碧色のボトル。
それに向けて、無造作な迄に何気なく伸ばされた皇帝の腕。またそれに対して彼を支える懐刀たる人物からなんの躊躇いもなくひょいっと簡単にこの国の皇帝の手へと渡されたガラスボトル。
クックッと数度コルク栓を親指で押し上げてポンッと呆気ないまでに抜かれたコルク栓に、キョーコの顔色が変わる。
「陛下!いけませんっ!!」
そう叫び、弾かれたようにボトルを持つクオンのぎゅっと腕に縋り付く。
「姫?…………俺なら大丈夫だよ?」
安心させるようにクオンの優しい低い声がそう告げるのだが、イヤイヤと左右に振られるキョーコの黒髪の頭。
ぎゅうぎゅうと腕に抱き着いたまま今にもクオンがボトルに口を付けるではないかと恐れるようなキョーコの姿に、クオンの顔は可愛くて堪らないとばかりにでれでれと崩れていく。
「キョーコ様、俺も大丈夫だと思いますよ……そちらには十中八九、毒は混入されてはいないでしょうから。」
ヤシロのその言葉にクオンの腕にしがみ付いていたキョーコの頭が上がる。その顔に浮かぶのは驚きと戸惑い。
「そちらの献上品どころか、彼女の身柄を取り調べたとしても『毒』の所持すらしてないと思いますよ。」
「だろうな、出所があからさま過ぎる。」
冷静に、ごく当然のように交わされるヤシロとクオンの会話に
「え……でも、ショーコ様が陛下に毒を盛った物証を得る為……だったのでは?」
箱庭培養純真乙女なキョーコにとってはかなーりな羞恥心との戦いである破廉恥な『練習』を乗り越えて望んだ今宵の祝祭の宴。
その為に、キョーコからショーコに招待状を送らせて皇帝たるクオンのもとへ招いたのではなかったのかと疑問を零すキョーコ。
アカトキの王の愛人であるショーコの犯意を抑えることによって兄王の弱みを得、国際沙汰にする事なく事を収めるつもりではなかったのかと、そう。
「あぁ、違いますよキョーコ様。」
あっさりと否定するヤシロの答えに、クオンの膝の上に乗せられて絡みつかれてなその一部始終が注目の的な状態の恥ずかしさに耐えたのにっ!!とショックを顔に出すキョーコ。
「彼女はおそらくただの斥候の役目でしかないでしょう。キョーコ様が我が国へといらしてから優に半年を超えるのに待てど暮らせどアカトキの王のもとに望んだ報せは来ず、陛下はこの通りにご健在のままよりにもよってアカトキの国近くな北方巡視などなさってましたからねぇ。」
そう言われてしまえば、我慢する事なぞ知らぬようなショーの傍若な性格を熟知しているキョーコは、その通りであろうと口を噤むしかない。
ぬくぬくと乳母日傘のもとに育ったがゆえに、見通しの甘く自分に都合の良いようにしか考えられぬショーのこと、キョーコをヒズリへとやればすぐにでも『毒喰らい』が毒に倒れたとの報せが届く筈だと信じて疑いもしなかっただろう。
「さりとて、キョーコ様は『死にたがり姫』のまま。アカトキの王を裏切ったとも思えない。それでも……一向にその気配もなし。しびれを切らして彼女を送り込んだのでしょう。」
そう、今でもキョーコにクオンに毒を盛る意はあるのか……そして、それが可能であるのかを確かめる為に。
「じゃぁ……あの『練習』には何の目的が?」
ショーコを捕らえる為でないのなら、今宵の宴でのあれそれは一体何だったのかと、キョーコの唇から零れ落ちる疑問の声。
それに答えを返したのは切れ者と名高き皇帝の懐刀ではなく、せっかくしがみ付いていてくれたキョーコの腕が緩んだのが不満だったのか、ひょいっとキョーコの身体を自分の膝の上に抱き上げて愛しげにぎゅぅっと抱き締める男だった。
そして、もう『練習』の必要なないのではっ!?と真っ赤な顔でもがく姫を離すことなく腕に捕まえたまたま、にやりと笑ってみせたクオンは告げたのだった。





「それはもちろん……釣り上げる為に、だよ。目的の大物をね。」






✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄




釣り、はじめまーす☆
外道(目的とする魚以外)なショーコさんはスルーして、目標な本命はもちろん……
(*´꒳`*)



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


web拍手 by FC2