キョーコの母が流行り病で亡くなった後、アカトキの王から贈られたキョーコの母の宝石やドレスなどはキョーコの手に残される事なく何処かへと消えてしまったのだが……キョーコはひとつだけ、手元に母の遺品を守り通していた。
古く無名の画家のサインの入った風景画の小さなキャンパス。価値が無いと誰も見向きもしなかったそれ。
だが、キョーコにとっては何よりも大切なもの。
『馬車に酔ったようです。気分が悪いので少しだけ休憩させて下さい。』
ヒズリの皇国へとおくられる道すがら、予定のない休憩地への中継を、キョーコは珍しくそう貴族の子女のようにわがままを言って願い出たのだ。
4頭立ての馬車の窓から見えていたのは収穫を終えた小麦畑。春には黄金色の海のような実りを見せるのだろうモガミの土地だ。
はじめて訪れる事となったモガミでキョーコは誰にも見つからぬように、その母の形見の画布をそっと燃やしたのだった。小麦畑広がるモガミを描いた風景画を。
冬を迎える前の高く澄んだ青空の下で、空へと還すように。





キョーコの母は自分が王の妃のひとりとなるなど……微塵も考えもしていなかった。
そんなキョーコの母が王の目に留まったのは、王の巡視中に馬が足を痛めた為に偶然にモガミ領へと立ち寄った時のことだった。
そしてその日は、キョーコの母が花嫁として嫁ぐはずの日であったのだ。
婚礼衣装を身に纏い幸せそうに微笑む花嫁を美しいと感じたから……ただそれだけの理由で、キョーコの母は教会へと向かう道半ばでアカトキの王に攫われたのだ。
まるで野盗のように唐突にかどわかされて、ウェディングドレスのまま花婿となる筈だった男と違う男によって褥に押し倒されるその恐怖は如何程のものだっただろうか……。
身分制度の厳しいアカトキでの絶対的な権力者である王に、誰が異議を唱えて抗えよう。それでも、キョーコの母は神に誓う前だとて花婿もなる筈だった相手以外の手に落ちるのを良しとせずに、自らの命を断とうと舌を噛もうとした。
けれど……アカトキの王は言ったのだ。
『お前が死ねば、モガミなど全て燃やしてやろう。お前の家もマヌケな花婿が待つ教会も、全部。』
純潔なる花嫁を嘲笑うように…………
王の手がついたキョーコの母は既に王の妃と同じ。なんて事のない地方領主の娘として平凡な結婚を迎える筈だったキョーコの母は、アカトキの後宮へと迎えられる事となったのだ。
花婿となる筈だった相手の顔を見る事もなく、二度と戻れぬ故郷を離されて。
そうして……キョーコの母は王の子を孕み、ひとりの娘を産んだ。
幸せの象徴のような花嫁衣装のまま自分を襲い嘲笑いながら脅し、無理矢理に我がものとした男と同じ色の瞳を持つ娘を。





「どうして、姫がそこまでの話を……」
キョーコの母がアカトキの王にされた脅しと同様の言葉をキョーコへと吐いた自分を責めるように表情を無くしていたクオンが、辛そうに話すキョーコへと訊ねた。
「…………父が酒宴の席で」
キョーコが答える震えた声を遮るように、クオンがその腕を伸ばしてキョーコを抱き締めて言葉の先を止める。
キョーコの父は酒宴の席で武勇伝かのように語ったのだろう……キョーコの母とキョーコの前で。
強く押し付けられたクオンの胸に顔を埋めたキョーコは小さく嗚咽混じりに言葉を続ける。





「それでもっ……それでも、母さまは……わたしが眠っている時だけ…………あなたはここに居てはいけないって……ここから逃げなさいって……頭を…なでてくださっ…たの……」





忌まわしい記憶と結び付く、アカトキの王と同じ色の瞳が堅く深く伏せられているキョーコが眠っている時にだけ…………
キョーコの母はキョーコに触れる事が出来たのだと。





そう絞り出すような震える涙声で告げると、もう堪え切れなくなったのだろう……クオンの胸に縋るように腕を回し、声をあげて泣き出したのだった。







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| 壁 |д・)…………




因みに、これがショーくんとこの国の名前が『フワの国』でなく『アカトキの国』にしてる理由だったりします。
松くん父にこんなアレや役どころ当てはめちゃダメだろうと。まだ見ぬアカトキ社長ならまぁ、いっか……と思いまして。
1話目からこんな設定もりもりしておりましたのですよー。
_(┐「ε:)_



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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