キョーコが首を落とせとそう訴えていた度に、酷くこの優しい皇帝の心を傷付けていたのだと……
キョーコを見つめる深い翠の瞳に思い知ってしまった。
そして、キョーコの唇から零れ落ちていった誰にも伝える筈のなかった願い。
キョーコが…………その命と引き換えに願ったもの。
「モガミ……それは」
クオンの微かな驚きを含んで落とさ低い声に、キョーコは両手に自分の顔を覆うように伏せ答える。
「母の……昨年に流行り病で亡くなった母様の育った故郷です。」
涙混じりの震えた声で、そう。





アカトキの王となったばかりのキョーコの腹違いの兄は……ヒズリの皇帝を密かに亡き者とした混乱に乗じて皇宮へと攻め登ると……
戦を起こすのだと、キョーコの兄はそう言ったのだ。
数いる父王の子の中で唯一の男児として産まれ、文字通り絹で包み花よ蝶よともてはやされて育ったショー。
大陸一の力を持つ隣国の4つ程しか年の違わぬ皇帝。騎士団のお墨付きのある剣の腕前と高い統治能力。自らが国を巡り飛躍的な改革を成し遂げ、民からも熱狂的なまでの支持を集め賢帝と謳われる男。
自分が誰よりも何よりも優先されているのが当たり前といった傲慢さを持つショーがヒズリの皇帝を目の敵としていたのは、キョーコも知っていた。知ってはいたが……まさかその命まで狙い、国を民を巻き込んで戦を起こそうとするなどとは思ってはいなかった。
それも……どう考えても勝ちの目の薄い争いをだ。
確かに、ヒズリの皇帝を亡き者とすればアカトキが攻め登る隙を産む混乱は訪れよう……けれど、名高き名将や賢人と呼ばれる文人を従えたヒズリの国を未だ実戦も知らぬショーが攻め落とせるとも、万が一に攻め落とせたとして広大な領土をショーが統治しきれるとも思えない。
けれども、キョーコへと金の腕輪を下げ渡す兄王は総てが自分の都合の良いように上手くいく筈なのだと信じて微塵も疑いさえせぬようだった。
アカトキでの王の権力は絶対に近しく、根拠などなくとも揺るがぬ自信は先導者として一種のカリスマ性さえ孕むのだ。
キョーコが命じられた通りに金色の花の持つましろの粉薬を使用するならば……それをきっかけとして、ふたつの国の間に争いの火蓋は切られるのであろう。





アカトキとヒズリの国を接する国境沿い。
今はもう鉱石も尽きかけ寂れた鉱山と広がる小麦と少しばかりのワイン畑、それくらいしか特筆するべき事もないような素朴な地方領土。
キョーコが今まで小さな画布でしか見る事のなかった場所。
キョーコの母はそんな小さな地方領主の娘のひとりとして産まれた。
アカトキとヒズリとの間に戦争が起これば……ヒズリと領線と面したこのモガミ領ののどかな風景は、軍馬で踏み荒らされる事になるだろう。
皇帝を討たれた怒りに燃えるヒズリの軍勢がアカトキの王へと攻めるならば、必ず通る事となる要所。ショーが思い描いた通りに攻め登ったとしても、それは同じ。
戦争に要されるのは、人と武器……そして食糧だ。
人は必ず食事を必要とする。兵達にどれほど充分な食事をさせてやれるかは戦の要ともいえる。
戦線が伸びれば伸びるほど、その補給ルートの維持は難しくなり…………命さえ危ぶまれる戦争の最中に極限の空腹を抱えた兵達がどうするか?
考えるまでもない。奪うのだ。
敵国の領土から、または守るべき自国の田畑から強奪するのだ、暴徒となって根刮ぎに。そして、時には敵には奪われぬよう畑に火を放ち井戸に毒を投げる。
後宮の端に位置した図書館、その本の中でしかキョーコは知らぬが、過去に何度となく繰り返されて来た事だ。
アカトキに顧みられもしないような小さなモガミ領を襲うだろう凄惨な未来。
キョーコにはそれがどうしても許せなかったのだ。
だから……キョーコはその命と引き換えにでも護ろうと『死にたがり姫』となったのだと。





だが、何故それほどに?
「姫の母君は、姫を……」
浮かんだ疑問からクオンがそう声にしたが、その先を言い淀む。
母に厭われていると言って泣いていた幼い姫。
やわらかな白い頬を打たれたか、幼い頬を真っ赤に腫れ上がらせていた事さえあったのに…………そんな母の、後宮で産まれ育ったキョーコには思い入れどころか見た事さえなかったであろう、母の故郷だ。
クオンがキョーコを思いやって口に出せなかった先を感じ取り
「母様は私を嫌って……いえ、憎んでいたのかもしれません。でも……それは仕方がない事なのです。」
キョーコはそうクオンへと答えを返す。
そうして、ぽつりぽつりと語りはじめたのだ。





「私の瞳は、父と同じ色をしているのですから……」





涙もなく、深く悲しげにその瞳を揺らして。







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戦争時における輜重兵と兵站の重要性とかを延々と書いてしまっていて……なんだこれ?って途中で逸れまくってる自分に気付きましたとさ。
書いてる猫木だけが楽しいやつですなー。
相変わらずにラブいちゃもナッシングだものー。
。(´д`lll) 


次、たぶんキョコ母の過去話。キョコ母がかわいそうな事にあいますので……女性のそういうの苦手な方は飛ばしてくどさいませ。
蓮キョコいちゃラブでなくてもなんでもありさってお方は、もうしばし盛りに盛った設定の消化にお付き合いくださいましー。
_(┐「ε:)_



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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