あ……味なんてわかりませんっ!!
キョーコは心の中でそう叫びながらも、もごもごと口の中のものを咀嚼するのだった。
いや、味は確実に美味しいのだろう……なんたってキョーコ自身もご贔屓にしている人気店『にひょう』の、しかも!巡り会えたならその日は大ラッキークラスに即完売がお決まりとなっている数量限定『季節の彩り重』なテイクアウトお弁当である。
今、キョーコの口内にある筍ごはんなどもう絶品ものである。
なのだが…………
なにせ、彼女の現在地が都内でも指折りの高級マンションの最上階ぶち抜きワンフロアなお部屋にある某有名イタリア家具ブランドのソファ、さらには世に抱かれたい男NO.1に君臨する麗しの人気俳優の膝の上である。
「美味しい?」
と、蓮はウッキウキるんるんと上機嫌でキョーコへと聞くのだが、そんな男へと密かな恋心を抱いていたキョーコにとってはドキドキと落ち着けない事この上なしな現在地である。
いっそのこと蓮がその多忙過ぎたスケジュールと杜撰な食生活で摂取していたコンビニのおにぎりなんかな利き手でなくても片手で簡単に食べれるものを用意してくれたなら……など、ちらりと思ってしまうのだが
「次は魚がいいかな?あ、この蕪の煮物なんかも美味しそうだよ?」
ごくんと、キョーコが咀嚼していたものを嚥下するのさえ甘ったるく見つめていた蓮は、いつもの食欲ナッシングっぷりはどこに行った!?なノリノリなまでに楽しげに所作の綺麗な箸づかいで目にも美味しそうな彩り豊かなおかずなどを取り上げている。
目の前に並んだふたつのお弁当から。
そう、彼、いかれま食欲中枢の持ち主である蓮が珍しくも自ら進んで食事を摂っているのである。
利き腕の骨折によりギブスで固定されてしまっているキョーコへと食べさせながら……同じ箸で。
いわゆる『間接チュー』である。
最初に蓮が口を付けた箸そのままで口もとへと差し出されたキョーコは、間接チューなんてなんとも敦賀蓮のイメージにそぐわぬ馬鹿っプルぶりな行いに真っ赤に頬を染めて硬直してしまった。
だが、そんな躊躇う様子のキョーコへと蓮は言ってのけたのだ。
「どうしたの、キョーコ?あ……口移しじゃないと食べれない?」
と、彼女が夜の帝王と呼ぶ気配を実に楽しげに滲ませて。
…………敦賀蓮による口移し。もしオークションにでも掛けようものなら莫大な金額が動くかもしれない。
蓮へと恋心を抱くキョーコだとて、拒否どころか本来なら全力ウエルカムである筈……なのだが………………
無理っ!無理ですっ!絶対、心臓破れちゃいますっ!!
いかんせん、彼女は微塵たりとも己の恋が報われるなどと思いもしなかったような曲解思考の純情乙女である。
蓮による馬鹿っぷる的スキンシップによる溺愛など受ける心の準備など、まだこれっぽっちもないままで……
ただそんなキョーコにもひとつ、はっきりと分かることといえば……このまま固まってしまっていると蓮は本当に行動に移してみせるのだろうということである。それも、たぶん弁当が空になるまで、だ。
ゆえに、ドキドキとうるさいまでに速い自分の鼓動を自覚しながらもキョーコは口もとへと運ばれる食事を、碌に味も解らぬままただ必至に咀嚼するしか出来ないでいたのであった。






キュラキュラぐっさりな笑顔でもって、脅し追い込み捕獲するようにキョーコを連れ帰った蓮。
彼は実に甲斐甲斐しく、キョーコの世話を焼いているのだ。それこそ、絶対安静を逆手に取って骨折部位が前腕部であるにも関わらずキョーコを一歩たりとも歩かせないつもりかなまでの勢いで。
実に心臓に宜しくない食事が終わり、ソファでぐったりとしているキョーコ。
な、慣れない!!このお家が自宅だなんてことも、あの方が……私の婚約者だなんてことにもっ!!
今を遡ること2週間ほど前の話である。とあるきっかけで、キョーコの蓮への恋心が蓮にバレてしまったのは。
蓮に厭われ侮蔑され遠去けられる!と絶望と悲観にくれていたキョーコ……だが、キョーコの予測とは全く逆の方向へと蓮は動いたのだ。キョーコを置き去りにするかのような怒涛の勢いで。
蓮の想い人である4つ年下の『キョーコちゃん』がイコール最上キョーコで、しかも彼女の思い出の妖精王子イコール敦賀蓮でありその実態はキョーコが尊敬するハリウッド俳優の息子だなんて衝撃の事実が次から次にと発覚して……
ぐるぐると混乱して脳内パニックな中で、それでもキョーコが、えと、それじゃぁ……敦賀さんと私って、両想い……?と頬を染めてほにょりと微笑んだ時である。
そんなキョーコの頭の整理がやっとの追い付いた理解を遥かに遠く上回る事を蓮が言い出したのである。
「結婚式はいつ頃にしようか?」
なんの話を?と見上げたキョーコが見たいのは、あの神々スマイルでドレスがいいかな?でも着物も似合うだろうし……なんてすっかりと、お付き合いやプロポーズなるものをふっ飛ばして、揺るがぬ決定事項かのように婚姻を念頭に置いて話をしている蓮だったのである。
にっこりと微笑んだ彼は、ハテナマークを顔に塗って貼り付けたキョーコへと告げたのだ。
「ん?だってそうだろ?キョーコが言ってくれたんだ、死が二人を別れつまでどころか……地獄までって。なら、逃す訳ないだろ?」
そこからはもう超特急なスピードで事務所の社長とふたりのマネージャーや蓮の両親への報告、キョーコの母親とだるま屋への挨拶などなどを経て……
気がつくとキョーコはちゃっかりすっかりと、蓮の婚約者となっていた。
付け加えていえば、折しも女優として人気の出ていたキョーコ。京子の下宿先としての噂が流れてファンが押し掛けるなんて事も起こるようになった為、そろそろキョーコも下宿先を出てる……なんて話も出ていたところにである。
人気稼業の多忙極まるようなスケジュールの中、可能な限りにキョーコを独占したいと隠そうともしなくなった蓮によってキョーコの引っ越し先は決定されてしまい、つい先日からここがキョーコの家となっていたのである。





今日こなしてきた着ぐるみの仕事やアクシデントで怪我を負った為の通院のせいばかりだとは決して言えないないずっしりとした疲労を感じてしまっているキョーコ。
そんなキョーコの横に座りアレコレと骨折したキョーコの世話をやいてはウキウキしている蓮は、栗色の髪をなでなでと優しく撫でながら甘く聞こえる低い声で言ったのだ。





「そろそろお風呂に入ろうか?もちろん、一緒に。」





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次回、どうするどうなるお風呂回にございまする☆




……いや、ほんとにどうするべ?
_(:3」z)_←やっぱりのーぷらん。



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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