(………………は?)



愛しい想い人を奪い取る憎き恋敵と対峙して、一触即発の張り詰めてピリ付いた空気。
だが、如何に立ち回り、キョーコを自分の元へと縛り付けるかと、そう狡猾に計算を張り巡らせていた蓮は……予想外過ぎるところから飛んで来た変化球に出鼻を挫かれてしまっていた。
だって、そうであろう?長谷部は言ったのだ。
「俺、不純な気持ちでこの業界に入りましたっ!」
と、そう蓮に深々と頭を下げて。



「……はぁ???」
一瞬の間の沈黙の空白を経て、蓮の背後で社が思わずにこぼしたなんだかまぬけたような声が意外なる道行きを行く現場の空気をありありと物語っていた。
「えと、あの……そうだ。もしかしたら、こうしたらマネージャーさんには思い出してもらえるかも……」
いかに説明したものかと悩んだ様子の長谷部は、ごそごそとカバンから変装用なのか分厚い黒ぶちメガネを取り出し、そしてそれをかけると着ていたパーカーのフードを顔を隠すみたいに深々と被る。
心持ち猫背になりキョドキョドとオドついた雰囲気になった長谷部は、割と本気で職質でもされてしまいそうなうさんくさいあやしさである。
「???…………っ!あー!!もしかして」
そんな長谷部を訝しむように見ていた社。やがて、弾かれたようにそう声を上げて長谷部を指差した。
「2年くらい前だったかな?蓮の出待ちとか入り待ちしてた……」
「はい……俺、元敦賀さんの追っかけなんです。」
困ったように頬をかいて、ぽしょぽしょとそう白状する長谷部。
と、そう言われても蓮にはそんなの居たかな?な感じで頭の上にクエッションマークを浮かべている。
「蓮の出待ちとかするファンって圧倒的に女の子だからなぁ。男の熱心なファンって珍しいから覚えてるよ。」
男性ファンも少なくはないが、世に抱かれたい男NO.1の座を欲しいままにしている蓮。ファン層は圧倒的に女性率が高く、ましてや、隙あらばお近づきにと接触に群がる女性ファンの群れから一歩離れた所で蓮を見つめるだけな一見あやしげな男である。
マネージャーとしては、記憶にも残るだろう。
「俺、敦賀さんの追っかけしてる時にうちの事務所の社長にスカウトされたんです。」
不審人物な見た目の長谷部へ『あら、貴方、ローリィちゃんとこの敦賀くんのファンなのね!うちからデビューしない?もぉ〜っと近くで敦賀くんの事、観れるわよ?』と、スーツ姿のナイスミドルでありながらオカマ口調なおじさんは声をかけたと言う。
怪しいにも程があると言うものだが、そこはそれ、蓮とキョーコの事務所のあの社長のところへ度々遊びにやって来るような人物だとなれば、なんでもありのような気さえする。
そんな怪しげスカウトとなんやかんやの勢いで、長谷部は芸能界への門を叩くこととなったのだと。
「でも……当たり前なんですけど、演技だって見ると演るじゃ大違いだし、自分がプロとして求められる事への認識の甘さを思い知って……」
そこから、基礎から鍛えて本格的に芝居を演ろうと養成所に通い、演技の楽しさとプロとして仕事を積む事の厳しさを学び、コツコツと経験わ重ね、このドラマの役を勝ち取ったのだと長谷部は語る。
そして……
「恐くなったんです。折角の憧れの敦賀さんとの共演なのに……敦賀さんは特に芝居への誇りとプロ意識の高い方だから…………こんな不純な動機で業界入りしただなんて知られたら、幻滅されるんじゃないかって……」
そう思うと不意を突いて飛び出そうになる敦賀ファンのミーハー魂を、バレないように必死で隠していたのだと、妙にしょんぼりとした、まるで飼い主に叱られた犬のような気配で長谷部は告げたのだった。
「すいませんでしたっ!!でも、俺っ!この役、誰にも譲りたくないんです!だからっ……」
深々と、身体ごと折り畳むかの勢いで頭を下げたまま、そう必死で懇願をする長谷部。
「いや、別にそんな事で役を降りろとか言わないけど……」
その長谷部の必死な勢いに押されるように蓮はそう答えていた。
共演していれば解る。相手がどれだけ役を掘り下げて自分のものとして演じているかなんて。
動機はどうであれ、今の長谷部がどれだけ真面目に芝居に取り組んでいるのか肌で解るだけに、蓮にはそこを否定したりなんて出来やしない。
「ほんと、ですか……よかったぁ。京子ちゃんに敦賀さんは本気で謝った事を更に責めたりなんてしないって言ってもらっていたけど、それでも……恐くて」
俺って情けないですよねと、そうこぼす長谷部。
ぶふぉっ!と、我慢しきれなかったのか社が吹き出した笑い声がする。きっと、どこかで聞いたことがあるような話だとか思ってるに違いない。
そこへ
「へーぞー!そろそろ、次へ移動だぞ!」
廊下の端からそう長谷部を呼ぶマネージャーの声。
「あ、はい!すいません、ちゃんと仕事の場ではミーハーな感情は封じてみせますからっ!!お疲れ様でした、失礼します。」
ぺこりと、またひとつ頭を下げてマネージャーのもとへと駆け足気味に去って行く長谷部。





(今のが、最上さんと長谷部の秘密……なのか?いや、だったとしても…………)





取り残されたのは、見逃せぬキョーコの言葉と長谷部へと親しげな態度が未だに府に落ちずにいる蓮とまだ収まっていない笑いに肩を震わせている社。
そして、蓮の怒りが霧散した事を感じ取ってだろう、ついさっきまでの怯えなど微塵も滲ませずにほんわかちょこんとのほほんとした気配で蓮のそばに当たり前のように佇んでいるキョーコだった。




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ひょーぉぅ……
終わりませなんだですよ。
_:(´ཀ`」 ∠):
キョコさんの下心やいかんな尋問がまだでございまする。
次、次で終わります。


なんでコレを前中後編で纏められると思ってたんでしょうね、猫木は。
書いてみたら、途中からなんやかやとあって書き始めた当初の予定より長くなる、これってけっこー書き手あるあるなんじゃないでしょうか?
猫木だけかな、我ながら計画性ナッシングだからぬー
。。。(´Д`|||)ご、ごめんなさい。



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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