少しだけ湿り気と埃の香りが混じった、久しぶりに頬に感じる風の感触。
ガラス越しではない視界に映る、ビルの合間に切り取られた夕焼けの赤から薄く青を内包する紫へと変わりはじめる寸前の空。
蓮に病室へと禁足されていたキョーコの望んでいた、外の空気。
そして……乞うていた筈の、幼馴染みの声。




「ぁんっ……だめよ、ショー。こんなところで……」
形だけの嗜める言葉を吐く、甘く媚びを含んだ誘う女の声。
「だって、ここのナース服の祥子さん今日で最後じゃん?……最後にも一回だけ」
キョーコの聞いたことのない、顰め囁いて強請るショーの声。
微かに空気に混じる煙草の匂い。
「悪い子ね……幼馴染みの女の子はもういいの?東京に一緒に行くつもりだったんでしょう?」
「だから、俺にはキョーコなんて家政婦みたいなもんだって。あんな化粧ひとつしない色気ねーつまんなねー地味女。」
キョーコがショーの為に身を粉にして尽くすのが当たり前だと、そう傲慢に言い放つ幼馴染み。
クスクスと笑う高い女の声。俺の好みは祥子さんみたいなフェロモン系と女を持ち上げてみせる、欲望に下卑たような…………キョーコの王子様の筈だった男の声。
それと、小さく生々しいような衣擦れの音。
指先まで冷たく冷たく、固まって凍り付いたみたいに立ち竦んだキョーコには、あんなに助けを求めていたショーが居るだろう下を覗き込む事さえ出来ない。
バルコニーの近くにある雨樋を伝い容赦なくキョーコの耳に入り込む、乱れた呼吸の音と噛み殺し切れずに溢れる喘ぎ、淫らがましく粟立つ水音と汗の気配。
キョーコが肌で感じ取ってしまったそれは、蓮に無理やりに教え込まれてしまっていた、男と女の交わる空気。
「祥子さんが一緒に東京に行ってくれるんなら、キョーコなんて使えねぇやつ」
ハラハラと、頬を濡らすのが自分の涙だと理解することも出来ないままのキョーコへと
「……いらねぇよ。」
残酷なまでに、はっきりと突き付けられたキョーコを悪し様に厭う否定の言葉。
お母さんも……ショーちゃんにも…………誰にも、必要としてもらえない。
見ていた筈の夢を、確立していた筈の世界の崩壊に呆然と、未だに自覚出来ないで涙に濡れたキョーコの瞳から光が失われてゆく。
男を所有したと満足気に啼く女の嬌声と肌のぶつかる音。それら全てから耳を塞いでしまいたいとそう強く願うのに、キョーコの腕は重く、指先ひとつ動かせないまま…………
ふわりと、キョーコの望みを叶えるように背後から伸ばされた手が黒髪の上からキョーコの耳を塞ぐ。
そのまま、引き寄せるみたいにキョーコの背中を包むキョーコの肌に馴染んだ体温と香り。





「だから……閉じ込めてあげてたのに。」





苦々しく、ぼそりと小さく呟かれた悔恨の色を滲ませた声。
それは大きな手の平の下、くぐもってはいてもキョーコにはそう聞き取れた蓮の低い声だった。





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_(:3」z)_


なんだろう……書いてる猫木は楽しいんですが……読んでる方は、大丈夫なんすかしらね?



あと2〜3話くらいで終われるといいなぁ。←願望



↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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