世界は悲しみに満ちていた。
愛する息子。私たちの名の影で傷付き血を流しながらも、足掻き自分の足で立つ。
そんな息子を誇りに思い、いつか堂々と帰ってきてくれると信じていた……


久遠を失ったジュリの悲しみは深く、あの口ぐせさえ言ってくれなくなった。
私たちは悲しみを分け合い、寄り添い合うしか出来なかった。

 


そんな悲しみにくれる時間が半年ほど過ぎた時、ボスから電話があった。
「頼む………あの娘を助けてやってくれ。」
日本にいる娘の助けを求めて。


久しぶりに見たキョーコは見る影もないほど痩せ衰えていた。
目を離すと海に入ろうとしてしまうキョーコは、彼を、敦賀蓮を………息子を愛していたのにと嘆いていた。



「あんなにそばにいたのに!あんなに愛してたのに!私が言わせなかった!!愛を馬鹿な事だと決めつけてたから!あんなに愛してたのに!愛してるのに!!言わなかった!敦賀さんはなんにも知らない!もう、二度と会えない!!言わなかったから、知らないまま!敦賀さん!敦賀さん!敦賀さん!!」
そう慟哭して自分を痛めつけるように泣くキョーコを見て。
忘れなさいと、彼はキョーコがそんなに悲しむのを望んでいないと………そう言い聞かせるつもりだったんだ。




キョーコが肌身離さぬメモ。
それを見てしまった。


「キョーコ………すまない、キョーコ。だけど、お願いだ。キョーコは………キョーコだけは彼の本当の名前を知っていてやってくれ………」


それは、あの子へのトドメになってしまった。
私の話を聞いたキョーコは、愕然とし深く深く考え込んでいるようだった。




その日からキョーコは海に入ろうとしなくなった。


謝り続ける私に
「いいえ……ありがとうございます、先生。総て繋がりました。解りました。」
そう言っていた。
そして、演技の世界へ帰って行った。





私は………私は、キョーコを………娘を救えなかった。
だから、キョーコは演じる。
涙を浮かべて。