将棋星人と言われた藤井聡太八冠も人間だった?
6月20日、第9期叡王戦の第5局が行われ、藤井聡太叡王が挑戦者の伊藤匠七段に敗れ、2勝3敗となり、叡王のタイトルを明け渡して、八冠から七冠へと後退しました。これまで藤井七冠はタイトル戦を22棋戦連覇しており、23棋戦目の初黒星となりました。
叡王戦に勝利した伊藤新叡王と感想戦でうなだれる藤井七冠 ©日経新聞
八冠全冠保持は254日間。これを「254日天下」と書く人がいて、まるで短かかったと言いたげですが、羽生九段の七冠全冠保持の168日間よりずっと長いですし、むしろ驚異的な長期保持期間だったと称えるべきでしょう。
そもそもプロ棋士にとってタイトル戦は夢の舞台であり、生涯一度もタイトル戦に出られずに終わるプロ棋士の方が多いのです。例えば師匠の杉本昌隆八段。A級目前まで行ったこともある強い棋士ですが、強豪ひしめく羽生世代と重なったことが災いしてタイトル戦の経験が一度もありません。
タイトル戦に出られたとしても、6回タイトル挑戦してすべて敗退している森下卓九段や、9回目のタイトル挑戦で初めて王位を奪取した木村一基九段のように、タイトル戦で勝つことは出ること以上にもっと難しいのです。
さらに豊島九段のようにタイトル6期を誇る名棋士でも連覇は1度しかなく、タイトル防衛は5度も失敗しています。
タイトル戦は出ることが難しい、勝つことはもっと難しい、そして防衛・連覇はもっともっと難しいということです。
タイトル戦の連続勝利がそれほど困難なことなのに、勝って当たり前、負けることが大ニュースになる、それほど藤井七冠が桁外れに強すぎて感覚が狂ってしまうのでしょう。
それにしてもこれまでの22棋戦ではフルセット(五番勝負の第五局、七番勝負の第七局)まで行ったこともわずか一度(2021年度に豊島叡王に挑戦した叡王戦)しかありませんでした。タイトル戦対局別に見ても過去には連敗が一度もなく、今回の叡王戦第2局と第3局で連敗したのが藤井さんにとってタイトル戦対局での初めての連敗でした。それほどに他の棋戦は圧勝を続けていたので、藤井八冠の独占時代が当分のあいだ続くのではないかと思われていたのも事実でした。
対局の論評ができるほどの棋力はありませんが、藤井七冠の変調を指摘する声は多いようです。終盤で普段の藤井さんがやらないようなミスをしたと。それもそうでしょう。過密日程すぎます。今、山崎隆之八段の挑戦を受けている棋聖戦が並行して行われていて、一つひとつの棋戦に全力投球できるだけの体力を維持できないのではないかと思います。そのこと自体が八冠保持の難しさではないかと思います。本当におつかれさまでしたと言ってあげたいです。
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藤井聡太竜王・名人(七冠)のタイトル戦全記録】
★2020年度
①第91期棋聖戦 ○○●○ 3勝1敗 奪取 相手:渡辺明棋聖 ⇒初冠
②第61期王位戦 ○○○○ 4勝0敗 奪取 相手:木村一基王位 ⇒二冠
★2021年度
③第92期棋聖戦 ○○○ 3勝0敗 防衛 相手:渡辺明名人
④第62期王位戦 ●○○○○ 4勝1敗 防衛 相手:豊島将之竜王
⑤第6期叡王戦 ○●○●○ 3勝2敗 奪取 相手:豊島将之叡王 ⇒三冠
⑥第34期竜王戦 ○○○○ 4勝0敗 奪取 相手:豊島将之竜王 ⇒四冠
⑦第71期王将戦 ○○○○ 4勝0敗 奪取 相手:渡辺明王将 ⇒五冠
★2022年度
⑧第7期叡王戦 ○○○ 3勝0敗 防衛 相手:出口若武六段
⑨第93期棋聖戦 ●○○○ 3勝1敗 防衛 相手:永瀬拓矢王座
⑩第63期王位戦 ●○○○○ 4勝1敗 防衛 相手:豊島将之九段
⑪第35期竜王戦 ●○○○●○ 4勝2敗 防衛 相手:広瀬章人八段
⑫第72期王将戦 ○●○●○○ 4勝2敗 防衛 相手:羽生善治九段
⑬第48期棋王戦 ○○●○ 3勝1敗 奪取 相手:渡辺明棋王 ⇒六冠
★2023年度
⑭第8期叡王戦 ○●○○ 3勝1敗 防衛 相手:菅井竜也八段
⑮第81期名人戦 ○○●○○ 4勝1敗 奪取 相手:渡辺明名人 ⇒七冠
⑯第94期棋聖戦 ○●○○ 3勝1敗 防衛 相手:佐々木大地七段
⑰第64期王位戦 ○○○●○ 4勝1敗 防衛 相手:佐々木大地七段
⑱第71期王座戦 ●○○○ 3勝1敗 奪取 相手:永瀬拓矢王座 ⇒八冠
⑲第36期竜王戦 ○○○○ 4勝0敗 防衛 相手:伊藤匠七段
⑳第73期王将戦 ○○○○ 4勝0敗 防衛 相手:菅井竜也八段
㉑第49期棋王戦 △○○○○ 4勝0敗1持 防衛 相手:伊藤匠七段
※△は持将棋による引き分け
★2024年度
㉒第82期名人戦 ○○○●○ 4勝1敗 防衛 相手:豊島将之九段
㉓第9期叡王戦 ○●●○● 2勝3敗 失冠 相手:伊藤匠七段 ⇒七冠
㉔第95期棋聖戦 ○○? 2勝?敗 ?? 相手:山崎隆之八段
タイトル棋戦成績 23棋戦22勝1敗 勝率.957
タイトル戦対局成績 83勝20敗1持 勝率.806
プロ通算成績 372勝75敗1持 勝率.832
2024年度成績 8勝4敗 勝率.667
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伊藤新叡王の人柄を見直す
常勝を重ねていた不動の八冠の一角を崩した伊藤新叡王は立派というほかありません。テレビなどの報道では藤井八冠の失冠を大きく報道していましたが、伊藤新叡王の快挙をもっと大きく報道してあげてもよいのではないかと思いました。
今回、伊藤匠新叡王のインタビューを聴いていて、感心しました。「藤井さんを追いかけてここまで来られた」「藤井さんがいなかったら今の自分はいない」「まだまだ自分の実力は藤井さんに及ばない」と。勝利に浮かれたところは全くなく、とても慎重で謙虚で、若いのに藤井さんに勝るとも劣らないほど人格者だなと感じました。敗者である藤井七冠を称える言葉が自然に出てきたことで、藤井七冠の敗戦を悔しく思う藤井ファンたちも少し気分が和らいだのではないかなと感じます。
これまで2度のタイトル戦で完敗を喫しながらも、陰で人知れず懸命な研鑽を続けていたのでしょう。そして、3度めの挑戦でようやく初戴冠となりましたが、それでもまだ21歳。これから将棋界に歴史を刻んでいく名棋士となるでしょう。
藤井さんと伊藤さん。同い年の両雄の活躍に今後も注目していきたいと思います。