こんにちわ
タマ菩薩です。
臨死体験の報告では、
肉体離脱後、音と色彩の世界になると語る方が多いのですが、
途中、激しい恐怖に失神したとゆう人もいる
なぜ、そんなとこになるか、この「死者の書」はそんな事も教えてくれるんですねー
ほんと、病院に置くべきよね^^
さてさて、どんな感じにみえるのか、
詳しくみてみましょう。
題して、「恐怖と戦慄とおののき」
巨大な体のおそろしい怪物が現れ、全世界にいっぱいいる
手には、死者の善業や悪業を記憶した杓をもち
口から、「打ちのめせ」「殺せ」とゆう声
死者の脳をすすり、頭と胴体をひきちぎり、内臓をくらう、、、
けれども、それらは実体をもたない
空の意識、血をすする神郡や、鳥類の頭をもつもの
虹の光や、仏の姿、などもみるかも。
そこで余りの恐怖に失神するとゆうわけ
リアルすぎて、幻影とは思えないわけです。
これは、悪夢のような感じかもね
あっでも、目覚めることは無いわけで
では、つぎはその理由をお届けします。
こんばんわ
タマ菩薩です。
前回のつづきを少し
さて、意成身がついてうろうろしてしまうのですが、
やっぱりここで、気になるのが現世でしょうか
現世に帰るとこういわれてます。「幽霊」と^^
そうなんです、このとき、まだ霊界にいってないから
未浄化なんですよね、
なんでこの時期
現世で悲しみすぎると、その想念をキャッチして帰らんとと思ってしまいます。
あの世の旅が中断されるんですね。
なので、この世にいる人は、この法則を知って
「あの世の旅をがんばって!」とゆう感じに応援したほうがいいかもー
この世の考えだけでは、なかなか理解しにくいところですが、
これからつづく話を知るとやっぱり早く霊界にいった方が、
成仏した方がいいって思うかも、思わないかも、
つづきはまた^^
タマ菩薩です。
前回のつづきを少し
さて、意成身がついてうろうろしてしまうのですが、
やっぱりここで、気になるのが現世でしょうか
現世に帰るとこういわれてます。「幽霊」と^^
そうなんです、このとき、まだ霊界にいってないから
未浄化なんですよね、
なんでこの時期
現世で悲しみすぎると、その想念をキャッチして帰らんとと思ってしまいます。
あの世の旅が中断されるんですね。
なので、この世にいる人は、この法則を知って
「あの世の旅をがんばって!」とゆう感じに応援したほうがいいかもー
この世の考えだけでは、なかなか理解しにくいところですが、
これからつづく話を知るとやっぱり早く霊界にいった方が、
成仏した方がいいって思うかも、思わないかも、
つづきはまた^^
こんにちわ
タマ菩薩です。
さて、第二ステージ「第二の光明」として紹介します
ここで少し「ルン」の説明を
ルンは、例として「健康な足をもつ盲人」と表現され
「ナーディー」は「目は見えるが足に障害のある人」と表現されている
これは、両者があってはじめて人として機能できる説明
中国では、経絡として、インドではアーユルベーダとして同じ認識でると考えられてる
もどって、続き
痛みがなくなって死んだようだか、何もかわらない事にびっくりしてると
奇妙な音を聞き
そして暗い通路をぬけると、美しい光あふれたところにいる
しかし、ここは霊界ではありません。
まだまだ途中。
ここで、死者は、特殊な「意成身いじょうしん」が身についてることに気づき出します。
意成身とは、
「思ったことのすべてを現実する能力」
「どこでも望むところにいける能力」なのです。
これこそが、想念の世界なの
素晴らしい
本来私たちの中には、そんな能力があるんだ
いきなり、イタ リアとかに行けるのですね!
想念の世界になったときしたい事考えときましょうねー
では、つづきはまたー
タマ菩薩です。
さて、第二ステージ「第二の光明」として紹介します
ここで少し「ルン」の説明を
ルンは、例として「健康な足をもつ盲人」と表現され
「ナーディー」は「目は見えるが足に障害のある人」と表現されている
これは、両者があってはじめて人として機能できる説明
中国では、経絡として、インドではアーユルベーダとして同じ認識でると考えられてる
もどって、続き
痛みがなくなって死んだようだか、何もかわらない事にびっくりしてると
奇妙な音を聞き
そして暗い通路をぬけると、美しい光あふれたところにいる
しかし、ここは霊界ではありません。
まだまだ途中。
ここで、死者は、特殊な「意成身いじょうしん」が身についてることに気づき出します。
意成身とは、
「思ったことのすべてを現実する能力」
「どこでも望むところにいける能力」なのです。
これこそが、想念の世界なの
素晴らしい
本来私たちの中には、そんな能力があるんだ
いきなり、イタ リアとかに行けるのですね!
想念の世界になったときしたい事考えときましょうねー
では、つづきはまたー