残暑が厳しい毎日です。
八月がもうすぐ終わります。本当になんという夏だったのだろう!
ということで、今日はそんなことある?っていう話です。
幼稚園のとある日、先生が私に尋ねました。
「てるよちゃんは何歳まで生きる?」
なかなかシュールな質問ですが、一瞬困った私(そんなこと考えたこともないし)でしたが、
「わからない」という返事はせずに、ややためらいながら、
「…にじゅっさいくらい」と答えたのでした。
「えー!そんなに短いの!」
5歳児にとっては「にじゅっさい」はすごく長い年月だったのかもしれません。
さて、私の名前には「軍」という字が入っています。
女の子にしてはなかなか強い名前です。
そして、私は海は好きなものの、ちょっと沖合にボートなんかで出ようものなら、
「もう帰るー!帰るー!」
と泣き叫ぶ子供でした。
真っ暗なところもダメ、狭い所ももっとダメ、ついでに高い所もダメです。
小さい頃からおそらく睡眠がなによりの栄養だったのか、よく眠る子供でした。
夏休みなんて、兄はさっさとラジオ体操に行っていましたが、私はいつまでもぐーすかぐーすか。
兄二人だったためか性格は見た目に似合わぬきつさで、何人もの男性にフラれました。いやはや。
生来ずぼらであるのに、学校と仕事にはきちんと向き合って、「ミス・ノーミス」の称号をいただいたことも
今では夢のような話です。
生まれた街には自衛隊があり、自衛官の方たちの姿を日ごろ拝見する機会は多かったです。
自衛隊の夏祭りに出かけて、幽霊に扮した自衛官が怖くてギャン泣きして、おろおろとその幽霊さんたちにあやされた、というほほえましい思い出もあります。
そしてこの頃思うのです。もし前世というものがあったとしたら、
私はきっと潜水艦か軍艦に乗っていて、二十歳前後で海の底に沈んでいった運命だったのではないだろうかと。
そう思うと暗くて狭くて海が怖い、というのがなんとなくわかるし、名前はもちろん小さい頃から「戦う」環境は近くにありました。
8月ですので、こんなことを思うのかもしれませんが、何故か2・26事件にとても興味があるし、何気に出かけた先を散歩していたら、磯部浅一ご夫妻のお墓に詣でることになったこともありました。
日ごろあまり怒ったりはしない性格ですが、心底怒ると、男言葉になります。
「なによ!やめてよ!」ではなく、
「なんだ貴様!やめろ!」になるんです。
こんな私はよく一人カラオケに行き、なぜか
君が代、群青、海行かば、たれか故郷を思わざる を歌ってしまうのです。
さて、来世はどうしよう。
今世で子供を持てなかったので、スイスの山のふもとの村で、16歳くらいで村一番の青年と結婚して、
10人くらい子供をもうけ、美味しいチーズでも作って暮らせればと願っています。

