
秋の森は、虫でいっぱい。ちょっと草むらに目を凝らせば、いますいます、たくさんの虫が。
今日は、殿様バッタにショウリョウバッタ、ウマオイさんにとかげの可愛い赤ちゃんやヒキガエルの赤ちゃんもお目見え。
子どもたちもお母さんたちも虫追いに夢中です。自分の手で捕まえた時の顔、捕まえることは怖いけど、追いかけているときのドキドキ。虫は、そんな子どもたちの表情に出会わせてくれます。
「もう おうちにかえりたがってるねー」
「どこからきたのかなー」
そんな子どもたちに不思議に思うことは、次の知りたいという探究心への入り口です。


雨上がりの秋の森はキノコもいっぱい。そういえば昨日は、新しい拠点となる下正善寺保育園でとれたチチアワタケを食べたなーと思いながら、私もきのこに夢中。
子どもたちは夏のお休みの間にずいぶんと背が伸びていたり、言葉がはっきりとして来たり。そしてなんといっても3歳の誕生日を迎えると、ぐんと子ども同士の会話が楽しくなる。
ご飯を食べているお母さんを置いて、子どもだけでキノコ採り。キノコを採っては、お母さんのところへ持ってきて、「えへへー」とまた採りに行って、またもってくるの繰り返し。その繰り返しと子どもだけの時間が楽しそう。
ちょっとそんな二人の時間にお邪魔すると、
「このきのこはげんきだねー」「これはげんきないねー」と一つ一つを丁寧にとっては見せ、元気か元気できないかを私と確認して遊んでくれた。
子どもと同じ目線で、ゆったりと横にいると”共感する”この時間が、たまらなく愛おしく大切に思えた。この感覚、久しぶりでした。
これも、雨で4組しかいない参加者がくれたギフト。うれしかったなー、横にいる子どもと同じ感覚を味わえているような気になっている自分の感覚が。

でも、共感ができても子どもの感性にはかなわない。
カエルを大事に持っていた手を放し、カエルが歩き始めると、その上を四つん這いになって自分も一緒に歩いているこの子の感性に、脱帽。

こんな感性の横にいつもいることができて、共感してあげることができるお母さんの仕事もうらやましくなった。本当に素晴らしい仕事だ。


そして、手の上の生き物を優しくなでたり、大事に愛でている子どもたちの優しさに、
私たち大人に伝えられない確かな何かをこの手のひらで教えている”生き物たち”に
嫉妬しちゃうくらいだ。
かなわないなー、お母ちゃんと自然には。
ほっこりとうれしい気持ちと、完全な敗北にまだまだ修行が足りぬと思いながらの夜長です。