みょん×ソード ep.Ⅲ 届かず、遠く⑤
「弱い」
背後からの衝撃。
「遅い」
続けて前方から迫る蹴り。
「そして、鈍い」
最後に、真上から降り下ろされる拳。
轟音とともに土煙が上がる。
土の中に沈んだダンを、バルディオスは掴みあげた。
その姿はまさに満身創痍。
全身の装甲はひび割れ、パイプのちぎれた部分からは流体が吹き出し、刀は半ばから折れている。
今まで多くのマシンを葬ってきた無敵のヨロイの面影は、どこにもなかった。
「妖夢、貴女には失望したわ」
「く……ぁ」
ボロボロのダンとその中で呻く妖夢を見つめ、紫は冷たく言い放つ。
「貴女は何一つダンを知らない。全くダンを使いこなせていない。ただ動かしているだけ、乗っているだけ。何も変わっちゃいない」
掴み上げた手に力がこもる。
「か…あっ!」
「与えた力も時間も、すべて無駄。ダンの力にただ甘えただけ。こんな小娘に私は……何を期待していたというの!?」
紫の口調はだんだんと熱を帯び始めていた。
バルディオスは地面にダンを叩きつける。
まるで玩具のように蹂躙されるダンと妖夢。
「刀を持てば刀に頼り、ヨロイに乗ればヨロイに頼る。それじゃ、あなたがいる理由は何!? どうして貴女はそこにいるの?」
紫の激昂は収まらず、その調子はもはや叫びと化していた。
「つ……強い」
朦朧とする意識のまま、半ば諦めとともに呟く妖夢。
その言葉に、紫は眉をひそめる。
「強い? そうね、この巨体と火力、そして亜空間突入。たしかにこのバルディオスはとてつもない力を持っているわ。でもね……」
ここまで言って紫は一つ間をおく。
その瞳に映るのは、憂い。
普段の飄々とした胡散臭い彼女からは想像もできない、悲しみの表情を紫は浮かべていた。
そして、口を開いていく。
「……このマシンの力を持ってしても、救うことのできなかった『世界』があるのよ」
「!?」
妖夢は何を言っているのかわからなかった。
救うことのできなかった……『世界』?
世界といえば今あるこの冥界や地獄、天界を含んだこの幻想郷と、話に聞く外の世界くらいしか妖夢は知らない。
そしてこの二つが表裏一体である以上、どちらも滅びていないのは確か。
ほかに世界があるというのか。
混乱する妖夢をよそに紫は話を続ける。
「……その世界、バルディオスが生まれた世界には明日は来なかったの。 当然あるはずの明日、来るべき明日は」
圧倒的なバルディオスの力。
恐るべき力。
それを持ってしても、できないことがある。
抗えないものがある。
「……」
妖夢は言葉を失った。
「いわば、この機体は『敗者のマシン』とでも言うべきかしら?」
無意識に月を見上げる紫。
その顔に自嘲的な笑みが浮かぶ。
「どんなに強い力を持っていても、この機体一つでは世界の明日を救えなかった。 滅びの運命を変えられなかった」
まるで舞台上での独白のように言葉を紡いでいく紫。
その瞳が、再び足下のダンと妖夢に向く。
恐ろしく冷たい光をたたえて。
「そして貴女はそれにすら勝てず、潰されようとしている」
「…ッ!」
妖夢の心に突き刺さる言葉。
己の無力を嫌というほど突きつけられる。
「その程度の力で貴女は何を望むの? 自分一人守ることも、ダンを満足に操ることもできない小娘が幽々子の盾になる? 私を謝らせる? ……笑わせんじゃないわよ!」
紫のバルディオスは再びダンを掴み上げた。
マシンの顔を近づけ、問いかける。
「聞かせてよ、貴女の強さは何? そんなちっぽけな力で、何を守ろうとしているの? 何が守れるの……ねぇ!」
叩きつけられる問い。
妖夢はそれを反芻していく。
私の力は……。
守るべきものは……。
打ちのめされた身体、折れかかった心。
諦観が心を支配する。
そのとき、視界のむこう、目の前に迫るバルディオスの肩越しに小さな姿を見つけた。
それは本当に偶然だったが、妖夢の心に大きく響いた。
(橙!)
神社からここまでの距離を走ってきたのだろうか。
息を切らせ、涙目で走っている。
(そうだ、私は負けられない)
妖夢の心に一筋の光が射す。
消えかけた心の炎が、再び力を取り戻す。
(あの子のためにも)
楼観剣の柄を強く握り締める。霊力が手のまわりでスパークを起こした。
(そして、私自身のためにも!)
コクピットを含めたダンの全身に満ちているG-ER流体が光度を増し、青から白へ変わっていく。
全身の損傷が、折れた刀がみるみるうちに修復され、全身に力がみなぎる。
ダンにもとより備わっていた機能が、妖夢の気に呼応して覚醒していく。
「……負けられない!」
妖夢の叫びとともに、ダンの腕が装甲もろとも筋肉のように盛り上がっていく。GE-R流体硬化装甲が内部流体の活性化に伴い、その剛性と柔性を発揮していく。
ダンはそのすさまじき剛力で掴み上げる掌を無理矢理こじ開けると、掌を蹴りつけ、反動で束縛から逃れた。
空中で一回転し、着地。
ダンの瞳が月夜に赤く輝いた。
(……来たわね!)
それを見た紫の表情が歓喜にゆがむ。
「うふふ……あははははは!」
溢れ出る哄笑。愉しくてたまらないといった様子だった。
「この土壇場で化けたようね。でも、私に付け焼き刃は通用しなくてよ」
「……それでも、行きます」
「そう、なら全力で来なさい」
離れる両機。
再び向き合う。
ダンは刀を後ろに回して、脇構えに。
バルディオスはエンブレムからパルサーベルをもう一本取り出し、柄のところで合わせて一つにする。
互いに機を伺う。
ただ一撃のために。
一瞬の隙も見逃さず、向き合う。
月が、通り雲に隠れた。
「「!」」
闇の中、二機は動き出す。
背部から粒子を放出し、剣気とともに跳躍するダン。勢いのまま飛翔し、その胴体めがけ斬り上げる。
一つになったパルサーベルを回転させ、突撃するバルディオス。上から叩きつけるように粉砕する。
「転生剣『円心流転斬』!」
「肉体分解機『パルサーベル・ドリンギング』!」
二つの技が、正面からぶつかり合う。
交差し、通り過ぎ、互いに背を向ける妖夢のダンと紫のバルディオス。
ダンが着地する。
背を向けあったまま、しばし静止する二機。
通り雲が月の前を通り過ぎた。
再び降り注ぐ月光が、
その決着を照らし出す。
ダンの右腕と右足が弾け飛んだ。
刀を持ったままの右腕がくるくると宙を舞って、地面に突き刺さる。
吹き出る大量の流体。
ダンから光が失われ、仰向きに倒れる。胸部に走る大きな亀裂。
「……か、はっ」
「言ったでしょ、付け焼き刃は通用しないって」
力の差は、余りに大きかった。
流体の光が白から青、黒へと消えていき、闇に包まれていくコクピット。
その中で力なく倒れる妖夢。
リボンに付けられたリングが、冷たいすきま風に揺られてちりんと鳴った。
ちび萃香の言うとおりに走り、妖夢の居場所にたどり着いた橙は信じられない光景を目にしていた。
ダンが、巨大なマシンにその手足を吹き飛ばされて崩れ落ちる。
青い流体が血しぶきのように飛び散り、その白銀のヨロイを濡らす。
「……妖夢、さん」
顔を青くして橙は呟く。
堰を切ったように恐怖があふれ出した。
「妖夢さん! 妖夢さん! 妖夢さん!」
橙は叫びながらダンに向かって走り出す。
何度も何度も叫びながら。危険も省みずにダンの機体にとりつくと、服が流体と泥で汚れるのにもかまわず、胸部のコクピットを目指す。
「嘘ですよね? 大丈夫ですよね? 返事してください!」
何度も、何度も呼びかける。
しかし返事は返らない。
「妖夢さん!」
返事は、返らない。
眼下、胸部ハッチの亀裂から気を失った妖夢を引きずり出す橙。
紫はその姿を見下ろしていた。
「橙……」
コクピットの中で呟く紫。
「そう、貴女は自分で選んだのね。主の言いなりでなく、自分の道を」
頬に薄い笑みが、浮かぶ。
慈しむような笑み。
「ふふふ……過保護が仇になったみたいね、藍」
バルディオスを睨みつける橙と目が合った。
(いい目になった。これもあの子のおかげか……)
ふっと小さく紫は笑う。
「いいわ、特別にもう一度だけチャンスをあげる」
紫は楽しげに呟きながら、この場を去るべく亜空間突入の操作を始めようとした。
そのときだった。
機体側面が異常なきしみを響かせたかと思うと、バルディオスの右腕が根本から断たれ、落ちる。
紫の眼に驚きの色が浮かぶ。
「……! 面白い、貴女ほどの『バカ』なら、あの境地にたどりつけるかもしれない」
言って、紫は太い腕を拾い上げる。
バルディオスの周囲の空間がゆがみ、亜空間への突入が始まる。
紫の顔に再び広がる笑み。
「本当に、愉しいわ」
バルディオスの姿が完全にかき消える。
そして、その場には動かぬ妖夢とダン、泣きじゃくる橙だけが残された。
この一日は橙と妖夢、二人の心に、何とも言えぬ悲しみと無力感をもたらしていった。
かくて夜は更けゆく。
キヨウバッコ
次回『みょん×ソード』ep.Ⅳ「舞うは機妖跋扈」
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