ウルタールの路地裏から。 -101ページ目

みょん×ソード ep.Ⅲ 届かず、遠く③

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話は春先、白玉楼の梅の花が散った頃に遡る。
 白玉楼を叩き出された妖夢は冥界を出て、行く当ても無く顕界を歩いていた。
(どうしようかなぁ。もうマシンは無いし……前みたいに手当たり次第斬って回るのもね)
 ぼんやりと考えながら歩く妖夢。
 そんな彼女の心を表すかのように、半霊も頼りなさげにふよふよと漂っている。
(いっそ天人か不死人あたり相手に稽古でもしようかな。特に天人は喜びそうだし)
「うう~ん」
 下を向いて悩みながらも歩みを進める妖夢。
 その瞳には頭上の晴天は映らず、堅土の地面ばかりが広がっていた。
 そのまましばらく歩いた頃だろうか。
 ふと顔を上げたとき、その顔が、


 ぼふっ 


 と、何かえらく柔らかいものに包まれた。
「あん♪ 突然ね」
「むがが!?」
 急に塞がれる視界と呼吸。ついでに聞こえてくる馴染み深くも胡散臭い声。
「前方不注意はだめねぇ」 
 面食らいながらも少し下がって前を見ると、そこにはスキマから半身を突き出した紫の姿が。
 妖夢の顔は、その豊満な胸に埋もれていたのだろう。
 少し顔を赤らめる妖夢。
「人間の顔は横や後ろ、まして真上にはついていないのよ? それは半人半霊の貴女も一緒。前を見なさい、前」
「お、驚かせないでくださいよ紫様」
 妖夢はどぎまぎしながらも言葉を返す。
「だから前を見てれば気づくでしょうに。私には貴女のつむじしか見えなかったわよ。それとも、これからは剣じゃなくて頭突きで世界を狙うつもりかしら?」
「す、すみません」
 ぺこりとお辞儀をして謝る妖夢。
 しかし紫は気になどしていない様子で続ける。
「なーんか暗いわねぇ。真面目と暗いのはイコールじゃないわ。何か、あった?」
「……」
 俯き、黙り込んでしまう妖夢。
 紫は合点が行った顔をすると、妖夢の顔を覗き込む。
「もしかして追い出されでもした?」
「うぅ……」
 浮かぶ、ばつが悪そうな顔。
 紫は特に驚きもせずに軽く微笑んで頷いた。
「図星みたいね。理由も大方想像つくわ」
「紫様、私は……」 
「『どうすればいいか?』なんて私は知りません。聞いてばかりいないで自分で考えなさい」
 突き放す紫の言葉に、妖夢はやっぱりといった表情でうなだれる。
「……でも、そのための『時間』と『力』は私が与えてあげましょう」
「え?」
 驚き顔を上げる妖夢。
 紫の顔には何ともいえない、愉しそうな、それでいて底冷えするような妖艶な笑みが浮かんでいた。
「だからせいぜい考えなさい。追い出された訳、自分に足りないもの、身につけるべきものについて。そして……」
 紫は手元に形成したスキマから一個のリングを取り出すと、妖夢のリボンにくくりつける。
「……?」
 突然渡された奇妙な装飾品に妖夢はいぶかしげな表情を浮かべる。しかし、彼女はなぜか口を挟むことができなかった。その異様な迫力に圧倒されて。
「強くなりなさい。貴女自身の、ためにもね」
 妖夢の頭で、風に揺られたリングが軽妙な音を立てる。


 
 ちりん、と。



 そして、その音色は今も妖夢とともにあった。
 
 
 
 思わぬ再会からおよそ半刻ほどたったろうか。
 すでに日は沈み、まばらな雲の間から月が顔を出している中を、妖夢と紫は歩いていた。
 投げ出された当初は場所が分からなかったが、しばらく歩くうちに、どうやら迷いの竹林近くであることが分かった。周囲の木々の間にも少しづつ竹が混じり始めていることからもそれが分かる。
 妙に静かな夜の林に響く、二人の足音。
「今までどうしていたんですか」
 その静寂を破り、妖夢が口を開く。
「それを知ってどうするの?」
「橙はずっと心配していたんですよ。 紫様のことも、藍さんのことも。連絡もしないで一体何を……」
「そう」
 妖夢の問いを、紫はたった一言で斬り捨てた。
「そうって……それだけですか」
「それ以外に何があるの?」
「!……ッ」
 橙のことなどまるで気にしていないといった紫の態度。
 妖夢の肩は、怒りにふるえていた。
 あんなに主を思って、橙は追い続けてきたというのに。
 この人は。
「……橙がどんな想いで待っていたか分からないんですか!? 一人置き去りにされて! 危ない目に遭ってまで追いかけてきたっていうのに!」
 妖夢はほとばしる言葉を紫に叩きつける。
 しかし、紫は涼しい顔。
「どうして、橙を置いていったんですか!」
 叫ぶ妖夢。
 紫はその姿を無言で見下ろす。本当につまらないものを見るような顔で。
 しばしの静寂。
 剣呑な空気の中、二人は見つめ合う。
 だが、妖夢は期待していた。
 紫は決して非情ではないとうことに。
 橙の大好きな主はその身を思って彼女を連れていかなかったということを。
 妖夢は本人の口から聞きたかった。
「──足手まといだから置いていった。ただ、それだけよ」
「!!」
 妖夢の心に衝撃が走る。
「足手まといって……」
「あの子は弱いわ、心も体も。藍の式で強化してもまだ足りない。でも藍はあの子を守るでしょうね。それこそ自分の命に代えてでも」
 そこまで言って、紫は心の中で一つ付け足す。
(そして、おそらく今も……)
「……」
 妖夢は呆然としていた。
 普段から非常に胡散臭い紫だが、妖夢は心の奥ではどこか信じていた。主の友人である彼女を。
 そんな妖夢の心情をよそに、紫は言葉を続けていく。
「だからこそ余計に足手まといなのよ。あの子がいると藍のスペックにも関わる。だから置いていった、OK?」
 次々と投げかけられる一片の容赦もない言葉。
 妖夢は歯を食いしばり、その言葉を受け止める。
「橙は……紫様や藍さんの力になりたいって言ったんですよ」
 怒りを抑えこみ、言葉を紡いでいく。
「そう」
「そのために、強くなるんだって」
「そう」
「それを、足手まといだなんて……!」
「興味、ないわ。事実を言ったまで。 それに立場は貴女も一緒じゃなくて?」
「──ッ!」
 妖夢の頭が真っ白になり、そのときにはすでに体が動いていた。
 楼観剣を紫に向かって抜き放つ。
 しかし、届かない。
 裂帛の気合いと憤怒を込めた一撃は、紫の日傘一本に防がれていた。
「……やっぱり貴女相手に言葉は無駄ってことね。相も変わらず、心の方は何も成長しちゃいない」
 紫は怒る妖夢に蔑むような視線を送った。
「……紫様を橙の前に引き出して、謝らせます」
 妖夢は楼観剣を両手で構え、紫を睨みつける。
「おお、こわいこと……仕方ないわねぇ」
 紫は気だるげに言うと日傘を妖夢に向けた。そして、もう一方の手にはスペルカードの輝き──。
「幻巣『飛光虫ネスト』」
 紫の周囲に展開したスキマから大量の光弾が放たれる。
 妖夢はとっさに空中に飛び退いて光弾の雨をかわす。
 闇夜を焼く不気味な光。
 眼下、先ほど妖夢のいた方向にあった木が蜂の巣になって倒れた。
「……!」
 その圧倒的な力が木々を、大地を抉っていく。
 妖夢はその跡に着地した。
「あなたのやり方に合わせてあげる。あんまりに鈍いから」
 紫は長い髪を触りながら口を開いた。そこにあるのは圧倒的余裕。それ故の怠惰。

 そして、髪に向けていた視線をゆっくりと妖夢に移すと、挑発的に言い放つ。

 ドロゥ・ユア・ソード
「ダンを呼びなさい。せめて、剣の方くらいは鋭さを見せてちょうだいな」
「……わかりました」


 言って妖夢は左手に楼観剣を持ち、右手人差し指をリボンの結び目の輪っかに通した。
 そして、静かに左側に引っ張る。
「私と、ダン。今までに身につけた全てをぶつけます」
 流動する青い光が楼観剣に宿り、妖夢はそれを天に掲げる。
「頂いた力と時間を、この剣に込めて!」
 振り下ろし、斬り上げる剣閃。
 叫び描くは『V』の一文字。
 

 遙か遠くで、鋼のきしむ音がした。





 チェスター(乗り手)の意志を受信し、ダンとそのシステムが起動する。『棺』に納められた最強の剣を、指定された座標──チェスターのもとへ送り出すためのシステムが。

「DANN of THURSDAY」
 「boot up A-OK」
「chester vitals A-OK」
「LZ-C A-OK」
 
 解かれていく封印の鎖。
 オールクリア。

 そして最後にディスプレイに写し出されるのは、ダンに課せられた使命。

 

「execution」


 射出される処刑の剣。
 それは空間を、時空さえも裂いて飛んでいった。





ep.Ⅲ④へ続く