みょん×ソード ep.Ⅳ 舞うは機妖跋扈③ | ウルタールの路地裏から。

みょん×ソード ep.Ⅳ 舞うは機妖跋扈③

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「……!」
 夜の竹林で、妖夢は覚醒した。
 刀を握ったまま地面に突っ伏していたところを見ると、どうやら稽古の最中に力つきて眠ってしまっていたらしい。
 思わぬ不覚に妖夢はため息をつく。
 何という体たらくだ。
 よりによって稽古の最中に意識を失ってしまうなんて。今は少しでも集中し、稽古を積まねばならないというのに。
 妖夢の脳裏に、夢の中で行われた祖父と幼い自分の問答が蘇る。
 祖父の問い。
 力をもって自分は何をすべきか。己の欲する剣の道とは。
 自分は課せられた役目以外に、どのようなことをすべきなのか。
 妖夢にはまだ何も見いだせていなかった。
 白玉楼を出て剣を振るい続け、捜し求めた剣の道。
 妖夢は旅の中で自分が確かに強くなったと思っていた。そして、強くなれば道は見えてくるものだとも。だから彼女は刃を磨き鍛え、新たな力──〈ダン〉とともに、多くの敵を倒し、進んできた。
 しかし道はまだ見えず。
 その上、彼女は本当の実力を前に、完膚なきまでの敗北を経験していた。
(私は何も変わっちゃいなかった……御爺様の強さにただ憧れていた、幼い頃と!)
 妖夢は楼観剣と白楼剣に目をやる。
(私にこの二刀を受け継ぐ資格はあるのか……弱く、未熟な私に。悩みに押しつぶされ、無心の境地などほど遠い私に)
 自己嫌悪や諦観が心を支配し、何ともいえない無力感が彼女を襲う。
 妖夢は自分がいわゆる「やけっぱち」になってきているのかもしれないと感じていた。
 こんな目に遭ってまで剣技を磨き続けて何になる? 向いていないんだ、やめてしまえ。人生には他に道もあるさ。料理だってできる、掃除も、そうだ、庭の手入れだって私は──
「……ッ!!!」
 妖夢の目が驚きに見開かれる。
 彼女は邪念を振り払うように、近くにあった竹を楼観剣で叩き斬った。
「……何を……考えているんだ、私は!」
 根本から叩き斬られた竹が、葉のこすれあうガサガサとした音とともに倒れる。
 妖夢は息を切らせ、痛む頭を左手で押さえた。
 今、自分はどうしていた? 何を考えようとした? お役目を、使命を、捨てようとしたのか、私は!?
 心に生まれた揺らぎは波紋になって広がり、妖夢を苛む。
 一体、自分は──
「あんまり竹は斬らないでくれるか? ここの竹からはいい竹炭が取れるんだ」
 不意に背後からかけられた声に、妖夢は意識を引き戻される。
 振り向いた妖夢の視界に入ったのは、竹藪をかき分けてくる妹紅の姿だった。
「……すみません」
 頭を下げる妖夢に、妹紅は苦笑する。
「いいさ、それだけ動けるってのは快復してる証拠だからな」
「……」
 みっともない姿を見られたのが恥ずかしいのか、俯いて黙り込む妖夢。
「……」
 しかし、妹紅も追いかけてきたのはいいが、何を言うか考えてくるのを忘れていた。気の利いた言葉も出ず、気まずい沈黙が場を支配する。
「……」
「……その、だ」
 切り出すも、うまい言葉が出ない。
「……」
「あ~、その……」
 妹紅の視線が宙を舞い、妖夢の視線は地に向いたまま。
「……」
「……あぁ、もう!」
 突如、叫んだ妹紅の背中からぼんっ、と音を立てて翼状の炎があふれ出す。
 すさまじい爆炎が夜の竹林を照らし、熱風が竹を揺らした。
 突然のことに妖夢も驚きを隠せず、妹紅を見る。
「なな、何ですか!」
「面倒なのはやめだ! 何でそんなウジウジしてるかは知らないが、目の前でいつまでもあんな無理されちゃ、こっちとしても居心地がよくないんだよ!」
「う……それは…」
「ばれてないと思ったか? ああいう空元気ってのはきちんと隠せる奴がやることだ、あんたにゃ向いてないよ。だからさ……」
 妹紅の両手が炎に包まれ、炎の翼が一際激しく燃え盛る。
「気分が悪いときはパーッと騒ぐ。幻想郷ってのはそういうもんだろ!?」
「くっ……!」
 全身に炎をまとって迫る妹紅に、妖夢は二刀を構えて対峙する。


 闇裂き華開くは苛烈な超新星。
 対して、妖夢の心は今も無明長夜をさまよっていた。



 慧音と橙は食事の残りを外来の保存用ビニル『にゅーくれらっぷ』で包むと、残りの皿を洗って片づけ始めていた。
 慧音が水洗いした食器を橙が手ぬぐいで拭く。
 二人はこの作業を先ほどからずっと繰り返していた。
 この役割分担は、水を苦手とする橙に慧音が配慮したためだ。橙はもっと手伝いたいようだったが。
 水の流れる音と、布で食器を拭うきゅっきゅという音が静かな詰め所に響く。
 ふと橙をみた慧音は、彼女が心なしか少し楽しそうに皿を拭いているのに気付いた。表情もいくらか明るくなっている。
「皿洗い、好きなのか?」
 慧音は手を動かしながらも、何気なく聞いてみた。
 見上げる橙の表情がぱあっと明るくなる。
「あ、はい!こうすると、藍さまが……」
 と、そこまで言って橙の表情が沈む。言葉が濁り、手の動きが止まる。
「なるほどな」
 慧音はこうした会話の中から何か解決の糸口がつかめれば、と思っていたが、どうやらいきなりビンゴのようだ。
「主人と何かあったんだな」
「……」
 俯いたまま沈黙する橙。
 慧音は水洗いの手を止めると手ぬぐいで手を拭き、橙に向かい合った。
 高さを合わせて、顔を覗きこむ。
「よければ、何があったか話してくれないか? 力になれるかもしれない」
 橙は覗きこむ慧音の顔をちらと見る。そこにあったのはただの興味やお節介ではない、本当に子供を心配する表情だった。
 なぜだか分からないが橙はその表情にとても大きな安心を覚えた。
 そして気付けば、ここ数日の間に起こった出来事、妖夢との出会いから、主との別れの夜までの出来事を話し始めていた。
 慧音はそれを黙って聞いていた。
 時折相槌を交え、促し。
 ただ耳を傾ける。
 それから四半刻ほどした頃だろうか。
 話が終わり、全てを話した橙は再び黙り込む。
 顔を上げて慧音を見ると、彼女は腕を組んで二三頷いていた。
「なるほどな……主人のために働きたいのに、それを当の主人がそれを許してくれない。 お前はそれが悲しくて出てきてしまったというわけか……」
「はい。式神は主のためにあります。だからこそ、今お役に立たないといけないのに、藍さまは……」
 消え入りそうな声で言う橙。
 その目にはじわりと涙が浮かんでいる。
 そのときのことを思い出してしまったのだろう。
 一方、慧音はしばし黙考した後、口を開く。
「……難しいな、私にはどちらもよく分かってしまうだけに」
 慧音は橙の涙を拭ってやると、その赤くなった瞳に視線を合わせた。
 まっすぐで真摯な瞳が橙を見つめる。
 慧音はゆっくりと、言い聞かせるように話し始める。
「大事な人のために役に立ちたいっていうのは、とても良いことだ。私にだって、この身をなげうってでも護ってやりたい奴がいる」
 慧音の脳裏に浮かぶのは妹紅の姿。少し意地っ張りだけど、誰よりも優しい少女。
「自分よりも大事だからこそ、何としても護りたい。だからこそ追いかけてきたんだろう?」
「……はい」
 主への想いは今も変わらず。だからこそ、行き場を失ったその想いが橙の心を苦しめていた。
 誰よりも大事な人だから、護りたい。でも、相手はそれを拒絶しているというジレンマ。
 橙はそれをずっと考えていた。
「でもな、そう思っているのはお前だけじゃないんだ」
 慧音はそっと橙を抱きしめる。
「……え?」
「お前の想う相手もまた、同じようにお前を大事に思っているのを忘れないでくれ。自分は相手のために身を犠牲にしても辛くはないかもしれない。しかしな、目の前でそんな無茶をされる方は……とても辛くて、心配なんだ」
 慧音は身を離し、再び橙を見つめる。
「特に子供を預かる身なら尚更だ。大人には、子供を護る責任がある」
「私、子供じゃ……!」
「分からないから、まだ子供なんだ。主人が自分をどう想っているのか、それをもう一度考えてやれ」
 子供扱いされて釈然としないのか、橙は少し頬を膨らませる。
 しかし、思うところはあった。慧音の言うとおりに自分が想うのと同じかそれ以上に藍が心配しているとしたら。もし、主人が危険にさらされたらどうだろうか? それはとても恐ろしい想像である。しかし、それは藍もまた──
「……あっ」
「……少しは、分かったようだな。後は自分なりに考えてみるといい。これは私からの宿題だ」
 そう言って慧音は笑顔を浮かべ、橙の頭を撫でる。そして屈めていた身を起こすと、窓の外に目をやった。
 そこに見えるのは、竹林の中で紅く輝く火の鳥の姿。
「始まったか」
 つぶやく慧音の言葉に、橙はきょとんとした表情で返す。
「そろそろ妖夢の稽古も終わる頃だ。皿を洗ったら、2人を迎えにいこうか」
「……はい!」



ep.Ⅳ④へ続く