また同じ夢を見た。
遠くで誰かが私を呼んでいる夢。
― いつか必ず 迎えに行くから ―
微笑むと同時に夢が終わる。
温かいオーラを纏ったその人を
私は知らない。
目が覚めると、いつもと変わらない日常。
満員電車に揺られながら出勤し
知り合い未満の同僚達と表面上の挨拶を交わし
相変わらず職場では上司に冷たく当たられ
周りから感じる冷ややかな声と笑い声を背に
机と向き合い、時間が過ぎるのを待つ。
なんと無意味な日常。
どこかに飛び出したかった。
私はこんな所で時間を無駄にしたくない。
― いつか必ず 迎えに行くから ―
貴方は誰なの。
いつ迎えに来てくれるの。
私をいつここから連れ出してくれるの。
夢でしか会ったことのない誰かに
何故か今日だけは想いを馳せている。
七夕──。
織姫と彦星が年に1度だけ再会できる日。
近年、地上からは天の川なんて見えてないけど
厚い雲の上ではきっと
涙を流して再会を喜んでいることだろう。
改札には笹。
沢山の短冊が飾られている。
お金持ちになりたい
サッカー選手になりたい
アイドルになりたい
どれも子供たちの純粋な夢。
その中に1枚、忍ばせてみる。
『あの人が迎えに来てくれますように』
短冊を飾る。
1枚だけ明らかに大人が書いたものだと
分かってしまって恥ずかしくなり
小走りでその場を後にする。
振り返らず、下を向いて。
────────── 。
気がつくとそこは
霧で覆われた知らない何処か。
目の前にはのどかな川。
そして、川の向こうには
夢で会ったあの人の姿。
「迎えに来たよ」
あぁ、やっと来てくれたんだ ─── 。
私は川に入っていく。
服が濡れることなんてお構い無しに
迎えに来てくれたあの人の手をとるために
どんどん先へ進んでいく。
優しい微笑みに包まれたくて。
そして、どこにいるのか気付く。
泣きながら先へ先へと進む。
涙の正体が
辿り着けないことへの悔しさなのか
解放されて安堵したものなのか
迎えに来てくれたことへの喜びなのか
私にはもう分からなかった。
最初に言う言葉は決めていた。
それなのに
彼の顔を見たら何も言えなかった。
「星奈」
愛おしそうに誰かの名前を呼んで
彼は泣いていた。
せな……。
……。
「……ま、こと」
無意識に私は
知らないはずのあの人の名前を
呟いていた。
まこと ──。
そうだ、信斗。
3年前に事故死した元恋人。
結婚を誓っていた、最愛の人。
失っていた記憶が戻ってくる。
内気な私に希望をくれた彼。
自分の名前すら忘れてしまうほど
あの時の悲しみは大きかった。
彼を失い、希望を失い、
生きる理由を失い、死ぬ決意をしたあの日。
死にきれずに記憶を失い
無のままに過ごした3年。
やっと終わったんだ ───。
「ありがとう」
彼の手を取り、霧の奥へと歩いていく。
じゃれ合う2人は、すっかり3年前に戻っていた。
地上では、彼女の遺体の周りを
警察車両と救急車が囲んでいた。
彼女は彼と同じく
事故死したらしい。
しかしその死体は
空を見て笑っていた。
まるで、天の川を見て
2人の再会を祝福しているかのように。