習近平路線がついに破綻か…経済崩壊が進む中国で、いま「鄧小平改革」が持ち上げられている共産党内「異常事態」のワケ

何も手を打てない

7月15日から18日の4日間、中国共産党は第20期中央委員会第3回全体会議(3中全会)を開いた。

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by Gettyinages© 現代ビジネス

通例通りでは昨年秋か年末に開かれるはずの「三中全会」は半年以上も先延ばして開催されたから、会議では何か重大なる政策決定が行われるのではないかとの観測が以前からあった。それに加えて、中国経済が今は崩壊寸前の緊迫した状況であるから、この3中全会で経済を起死回生するための重要な政策措置が打ち出されるのではないかとの期待は国内外の市場関係者からもあった。

しかし18日に会議が閉幕して全会のコミュニケが発表されると、あらゆる期待は全くの「期待外れ」となった。全会は一応、「中国式現代化」という長期的ビジョンを提示し2029年での完成を目指した「改革深化」の方針を示したが、これは以前から唱えられてきた悠長なる「机上の空論」であって新鮮味も実効性もない。その一方、燃眉の経済問題への対処に関しては何の具体策も打ち出されないままである。

結局、鳴り物入りの「三中全会」というのは、いつまでも先伸ばせないから一応やることはやったものだが、ほとんど内実のない会議に終わったことは実情である。

なんで今、鄧小平

その一方、会議が始まった時から、中国共産党の宣伝機関は全力を挙げて「改革」「改革の深化」という言葉を「お題目」として唱え、この三中全会を「改革深化の歴史的重要会議」に粉飾しようとした。そして18日に発表された全会のコミュニケは、「改革」という言葉を五〇回以上も使って「改革をより突出した位置に置き、さらに深化させなければならない」と訴え、あたかもこれからは本格的な改革を行おうとするような姿勢を示した。

習近平政権になってからの十数年間、特に習近平独裁体制が確立された政権の二期目からは、習近平政治の方向性と最大の特徴はむしろ鄧小平の改革路線から離反のであって毛沢東政治への逆戻りであるが、ここに来て突如、政権が声高らかに「改革」を唱えるようになったのは一体なぜか。

一つ大きな理由として考えられるのは、内憂外患の難局打開に万策の尽きた習近平政権は、まさに「溺れる者は藁をも掴む」が如く、今でも国民全体に人気のある「鄧小平改革」に縋る以外に局面打開の手はない、ということである。

実際、全会が始まってから人民日報などが行なった宣伝においては、「改革」を盛んに唱えると同時に習近平と並んで鄧小平の名前も頻繁に引っ張り出してきて、あたかも習近平こそが鄧小平改革の真の継承者であるとの論調を展開している。

全会が開幕した15日には、国営新華社通信が「改革家・習近平」と題する論評記事を配信し、習氏を「鄧小平以来の卓越した改革家」と持ち上げた。そして全会のコミュニケもまた、珍しくて「鄧小平理論」にも触れている。

しかしここまでに来て、鄧小平改革に縋る以外にないに打つ手がないというのは、習近平路線の破綻を意味し、習近平が鄧小平路線に対して白旗を挙げたことをも意味している。

「習近平思想」に対する冷淡

さらに注目すべきなのは、3中全会のコミュニケが「習近平思想」に対する扱い方は冷淡になった点である。

昨年2月に開かれた2中全会のコニュニケは、「習近平思想」に4回に触れて、「習近平思想の全面貫徹」、「習近平思想を指針としなければならない」、「習近平思想教育の全面展開」などと「習近平思想」を高く持ち上げていたが、それに対し、3中全会のコミュニケは「習近平思想」に触れたのは一度だけ。しかもそれは、毛沢東思想や鄧小平理論に触れた後での必要最低限の形式上の言及である。

習近平主宰の党の全体会議が「習近平思想」をこのように取り扱うのはまさに異変であって尋常なことではない。

それは習近平自身の意思によるものか、党内の圧力に屈したことの結果なのか今の時点では不明であるが、習近平の一枚看板である「習近平思想」が後退していることは習近平にとっての挫折と敗退であることには変わりはなく、それが中国の政治にどのような影響を与えていくのかは今後の注目すべきポイントの一つである。

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さらに『習近平の中国政府が「蘇州・日本人母子襲撃事件」で反日感情の隠蔽画策!「お見舞いの言葉ひとつもない」異例すぎる対応の内幕』では、いま中国で起きている“もうひとつの異変”について、詳報しています。