サンゴの踏みつけなど生態系への影響も問題に

田中 俊徳 : 九州大学アジア・オセアニア研究教育機構 准教授

2024年06月17日

再び表面化しているオーバーツーリズム問題。市民が市バスに乗れない京都、登山道に行列ができる富士山、違法駐車とサンゴ劣化に悩まされる沖縄など、自然環境や地域住民の生活が脅かされる事態が多発しています。
今後も旅を楽しむためにはどうすればよいのか。ユネスコ本部で在外研究の経験を持つ研究者、田中俊徳氏が解説します(『オーバーツーリズム解決論 - 日本の現状と改善戦略 - 』より一部抜粋してお届けします)。

沖縄とハワイの戦略の違い

オーバーツーリズムの文脈で語られることこそ少ないが、深刻なのが沖縄である。

沖縄の産業は、かつて3K(基地、観光、公共事業)と呼ばれたが、コロナ前の2019年には、沖縄県の県内総生産に占める観光消費額の割合は20.9%に及び、日本において突出した数字となっている(2位の山梨県が10.1%なので、沖縄がいかに観光産業に依存した県になっているかわかるだろう。言うまでもなく山梨県は富士山観光の拠点である)。

これは、基地関連収入(同5.5%)の約4倍であり、沖縄が基地への依存から脱却して、観光産業で自立するために推進されてきた政策の帰結でもある。

沖縄県はハワイをライバル視しており、ハワイの観光客数である1000万人の観光客を目標としてきた。2017年に初めて939万人とハワイ州の観光客(2017年に938万人)を追い抜き、2019年には、沖縄県が1016万人、ハワイ州が1028万人と肉薄した状況が続いている。

ただし、観光客の平均消費額や滞在日数では、沖縄はハワイに遠く及ばない状況である。

おおまかに言えば、観光客の平均消費額がハワイの3分の1、滞在日数が2分の1である。その大きな要因が、観光戦略の違いにある。誤解を恐れずにいえば、沖縄は観光客の「数」に注力する開発途上国型のモデルを追い、ハワイは環境保全型の「質」に注力する観光に大きくシフトしようとしている。

たとえば、沖縄県恩納村にある真栄田岬には「青の洞窟」と呼ばれるシュノーケリング・ダイビングスポットが存在する。

2000年代初頭には、「知る人ぞ知る」場所だったが、「青の洞窟」とネーミングされ、観光ツアーとして販売されるや否や、爆発的な人気となり、現在では、慢性的な混雑の様相を呈している。

真栄田岬には、海から船でアプローチするコースと、岬の公営駐車場から階段を下りて海に入るコースがある。駐車場は180台収容できるが、繁忙期にはすぐに満車となり、1時間程度の駐車待ちが発生することも多い。

無店舗型のシュノーケリングショップなどが、駐車場にワゴンを置きっぱなしにして営業しているケースがあるためである。

この恒常的な混雑により、近隣集落内で違法駐車が相次ぎ、地域住民から状況の改善を求める声が出ている。真栄田岬には、1日最大で7000人が訪れることもあるため、サンゴの踏みつけなどの生態系への影響も問題視されている(「琉球新報」2021年10月22日)。

また、コロナ前はインバウンド観光客の増加に伴い、中国人を対象とした法人登録をしていないと思われる事業者も多く見られ、苦情を言おうにも言葉が通じなかったり、マナー違反が目に余るといった状況が存在した。

成田空港の白タク問題もしかり、中国人観光客にとっては、中国語で案内されるほうが便利で快適なことは間違いないが、日本の関連法規に従っていないと思われるケースが散見され、喫緊の対策が必要である。

事業者のモラルの低さも課題

真栄田岬では、違法駐車やサンゴ礁の劣化といった問題を受けて、2021年に初の「実証実験」が行われた。

これは内閣府沖縄総合事務局が主導したもので、2021年11月8日から12月6日の約1カ月間、海域に入場するマリンレジャー事業者や一般利用者は、施設管理会社に届出を提出する、というものである。

実証実験では、真栄田岬公園駐車場や海域の混雑状況を改善するため、利用時間を1人(1隻)あたり100分とし、同一時間帯の海域利用者数を200人に制限した。

また、損傷しやすい種類のサンゴ礁が生息する一部区域を「進入禁止区域」に設定し、隣接地域との比較分析も行うことを目的とした。

2022年3月には、約200ページに及ぶ報告書が公開されているが、その内容は、極めて示唆に富むものである。

たとえば、実証実験では、海域の利用届の提出を求めたが、利用登録に協力しなかった事業者(ショップ)が半数以上あり、「税務署へ報告するのか」といった発言や、実証実験を行う職員を恫喝する事案も発生するなど、事業者のモラルが低いことが指摘されている。

そのほか、領収書を発行しない、案内人数の虚偽報告、迷惑行為を行う、占有行為を行う、サンゴ保全に対する意識の低さ、安全管理がなされていないなど、オーバーツーリズム以前の問題とも思われる事業者が多数存在することが指摘されている。

こうした悪質な事業者を排除できないのが、沖縄の現状である。

実は真栄田岬周辺は、「沖縄海岸国定公園」という自然保護区に指定されており、特に環境保全や質の高い観光利用が求められる地域である。

国際的にみると、実証実験で策定された内容(利用届の提出、時間あたり利用人数や進入禁止区域の設定など)は、自然保護区では、極めて一般的な措置であるが、これすら実装することが難しい状況にある。

ハワイであれば、すぐに対策が採られるだろうが、日本では拘束力に乏しい実証実験や自主ルール、自粛要請を繰り返すことでお茶を濁すきらいがある。その間に、地域住民が迷惑し、自然が壊され、事故が起こり、観光客が遠ざかっていく……という負のスパイラルが繰り返される。

これでは観光立国どころではない。

オーバーツーリズム・スポットの多さ

沖縄県が日本の他地域と特に異なるのは、真栄田岬のようなオーバーツーリズムの問題を抱えているスポットがいくつも存在する点である。

2012年に沖縄県が行った「早急に環境保全が必要なサイト」に関するアンケート調査では、真栄田岬に加えて、慶良間諸島、ター滝、ピナイサーラの滝、辺野古沖、八重干瀬(やびじ)、宮城海岸、米原海岸などの名前があがっている。

アンケートから11年が経過しているが、これら「早急に環境保全が必要なサイト」とされた場所のうち、法に基づいた対策が予定されているのは、世界自然遺産に登録された西表島の「ピナイサーラの滝」など、ごく一部である。

それ以外の地域でも、死亡事故の多さ(真栄田岬、ター滝)や半グレ集団の資金源となっているビーチなど、現在もさまざまな課題が指摘されているが、国や県、自治体は重い腰をあげず、今も無秩序な利用が放置されている箇所が数多く存在する。

特に、真栄田岬の実証実験でも出てきたように、事業者のモラルの低さは顕著であり、環境を守りながら真っ当なエコツアーをやりたいと考えている事業者が損をする構造になっている点は大きな課題である。

レンジャーが少ないといった問題も

筆者の研究プロジェクトでは、エコツーリズムを実施している多くの事業者に聞き取り調査を実施しているが、「法令違反をしている事業者に注意をしたら逆に恫喝された」とか、「お前、裁判したいのか」と怖い顔で言われたという話を頻繁に聞く。

エコツーリズムは国立公園内で実施されていることが多いが、日本では巡視活動を行うレンジャー(自然保護官)が極めて少ないなど、本来自然を守るべき場所の利用の仕方として、多くの問題がある。

また、こうした悪質な事業者は、ガイド技術や安全面の対応が不十分であるにもかかわらず、派手なウェブサイトやフリーペーパーの広告を駆使し、安価な値段で観光客を集めることに長けている。

本来、ガイド技術や安全面の対応をしっかりやるとツアーの金額は上がらざるを得ないが、観光客はそのことがわからないのである。

沖縄県が基地関連産業から脱却して自立したいという思いから、観光産業に前のめりになってしまう状況があることは理解するが、その素晴らしい自然や文化を切り売りしてテーマパーク化してしまっては、元も子もない。

京都や富士山もさることながら、沖縄こそオーバーツーリズムの問題が根深く、深刻であると筆者は考えている。