国民党と民衆党が国会改革案を強行成立させる

劉 彦甫 : 東洋経済 記者

2024年06月06日

台湾社会では中国との対立軸だけで政治を判断することにうんざりする人も増えているが、いたるところに中国ファクターがあって悩ましい。

台湾では5月に民進党の頼清徳新政権が誕生した。しかし、内政はすでに混沌としている。

5月28日に立法院(国会)では多数派を占める野党・国民党と台湾民衆党の賛成多数によって国会改革(権限拡大)法案が通過した。同法案には立法院による調査権や政府機関の人事同意権の強化のほか、総統による立法院での国政報告と質疑応答の定例化、答弁者の回答拒否・反問の禁止、そのほか虚偽答弁などを国会軽視罪とする刑法の新設などを盛り込んでいる。

与党の反対や市民からの抗議が続く

法案について与党・民進党は立法院の権限を不当に拡大して憲法違反の内容も含むなどと主張し、反対した。また同党の支持者を中心に立法院の周辺では市民による抗議デモが行われている。

法案が通過した日には7万人を超える人々が立法院に集まり、台湾各地の主要都市でも数万人がデモを行った。立法院のそばを通る青島東路という道の名前からネット上では抗議デモの呼びかけに隠語として「青鳥」が使われ、青い鳥が幸福の象徴でもあることから「青鳥行動」という名前が浸透した。

市民による抗議が続く中、行政院長(首相)は法案の再審議を求めるとしているが、野党が過半数を占める立法院での修正は望みづらい。司法院(最高裁)での違憲審査が今後の焦点となる可能性が高い。

民進党や抗議する市民は同法案の内容だけでなく審議過程が公正でないことを問題視する。複数の条文や細かい規定について実質的な審議がなされず、次々と強行採決にかけられ、それを阻止しようとする民進党の議員が国民党などの議員と乱闘する事態が相次いだ。

特に問題視されているのは国会軽視罪だ。どのような発言を虚偽とみなすかなどの線引きが曖昧だとの指摘が相次ぐ。違反行為が明確でないことから恣意的に議会多数派が答弁者を虚偽だと断じて罰金など処罰を科すのではないかとの懸念も広がる。

抗議活動で叫ばれているスローガンのひとつが「議論がなければ民主ではない」。台湾では2014年にも当時与党だった国民党が強行しようとした中国とのサービス貿易協定批准を阻止する「ひまわり運動」があった。この際も市民の多くが求めたのは議論が不十分だということであった。民主主義をいかに実践するかが第一の焦点なのは間違いない。

中国の影響を指摘する声も

一方で中国の存在が別の争点となっている。民進党からは今回の法案をめぐって中国の影響があるとの声も根強い。同党で立法院の院内総務を務める柯建銘立法委員(国会議員)は「演説台にいるのは国民党でも民衆党でもなく習近平だ」と述べた。「議会を抑えられても世論は抑えられない」と中国が背後にいることを民進党幹部層は強くにおわせた。一方で国民党側は民進党からの批判について「根拠が何もない」と強く否定する。

野党が与党の足を引っ張りたいのは当然のことで、1月の選挙で少数与党になることが決まってから野党が攻勢を仕掛けるのはある程度予測されていた。今回の法案にある総統の質疑応答の定例化や答弁者への規制強化は、総統や閣僚など与党幹部から失言を引き出して攻撃材料に使う機会を増やせる。次の選挙に向けた野党による攻勢強化の一環といえる。

これまでも民進党は自身の支持率が厳しい際に「抗中」(中国に抵抗)を持ち出してきた。それに対して台湾の有権者の中にも中国との関係や距離感を対立軸として政治を判断する姿勢にうんざりしている人が増えているのも事実である。

実際、2022年の統一地方選挙で民進党は「抗中保台」(中国に抵抗し、台湾を守る)を強く訴えたが大敗。2024年国政選挙でも中国との関係などイデオロギー争いからの脱却を謳う第3政党・台湾民衆党は、総統候補が26.46%もの得票率を獲得し、さらに立法院でも2大政党をともに過半数割れに追い込んでキャスティングボートを握った。

台湾社会の現状は抗中、親中の二項対立だけではない。何かと中国を持ち出す民進党に嫌気がさす人もおり、中国を敵対的に持ち出す民進党が広い支持を必ずしも得られるというわけでもない。むしろ対中関係ばかりで台湾政治をみる国際メディアや国際社会を強く意識した民進党がアピールのために中国を持ち出す側面もある。

しかし、民進党が中国を敵視しているから中国の介入という言説をただ煽っているだけかといえば、それも違う。台湾社会の人々がどんなに中国を軸にした対立からの脱却を願おうとも、日常的に中国を意識せざるをえない実情もあるからだ。

今回の国会改革法案をめぐっては、中国の存在をにおわす出来事があった。4月に国民党の院内総務である傅崐萁(ふ・こんき)立法委員は同党の立法委員16人を連れて中国を訪問。その直後に傅氏を中心にして同法案の審議が急ピッチで進められたからだ。

国民党の要人が訪中した後に台湾政治で急な動きが起きたのは今回が初めてではない。記憶に新しいところでは、総統選挙戦の最中だった2023年11月に馬英九前総統の側近らが相次いで訪中、その後、国民党と民衆党の野党統一候補の擁立に向けた仲介役を馬氏が買って出た。中国が独立派とみなす民進党を政権から下ろすための野党連合の合意は最終的に決裂したが、約2週間にわたり台湾政治の焦点であり続けた。

民主政治を守るために警戒せざるをえない

以上の事例で本当に中国が台湾の政治家に何かの指示を出したかについて明確な証拠があるわけではない。しかし、中国の働きかけに応じて台湾の政治家やビジネス関係者などが利害や歴史観、思想を背景にして動いていることはこれまでも観察されており、台湾社会に影響を及ぼしてきた。

これら中国の台湾に対する影響力行使の実態を「中国ファクター(中国因素)」という概念で提起した台湾・中央研究院の呉介民研究員は昨年の東洋経済のインタビューで「台湾社会のあらゆる領域で中国ファクターは確認されている」と指摘した。中国が統一を目指して自身に有利となるよう台湾社会に影響力を行使し続けている中、台湾が自分たちの民主主義や自由を守るために中国を警戒するのは仕方ない面がある。

今回の国会改革法案についても市民からは「中国が国民党を利用し、答弁拒否の禁止や資料提出の強制を使って台湾の情報を得ようとしているのではないか」「国政に混乱を与えることで中国が有利になる隙を見出そうとしているのではないか」などの疑念の声が上がっている。

また野党第2党の民衆党への懸念の声もある。同党を支持する有権者は2大政党による中国をめぐるイデオロギー政治からの脱却を期待する人たちであり、民衆党に対しては2大政党に是々非々で対応して両党を牽制してくれることを期待した。しかし、これまでのところ国民党との共闘が目立つ。

立法院で民衆党を率いる黄国昌立法委員は、先述のひまわり運動を契機に政界入りした人物で、国民党と協調する動きをみせる彼の「変貌」ぶりに驚く人も多い。ある民衆党幹部は「黄委員を抑えることができない」と彼が独断で動いている面があると打ち明ける。

野党も党内が完全一致していない?

民衆党は新興政党であり、既存2大政党と比べて資金力や組織力に劣る。中国は台湾への影響力行使の一環で、台湾の政治家や少数政党と接触する機会を増やして、便宜を供与してきたとみられるケースもある。民衆党の立場がどうなっており、今後どうなるのかは焦点となっていきそうだ。

国民党中央にとっても今の立法院の状況は望んだものでないかもしれない。4月に院内総務の傅氏が訪中する前に馬英九前総統も中国を訪れたが、現在の党トップである朱立倫主席は訪中しなかった。

国民党幹部の1人は「政権奪還ができないのは国民党と中国のつながりを市民が懸念しているからだというのを朱主席はわかっている」と話す。そのうえで「2028年こそ政権復帰を果たすために中国と適度な距離感を保ちたいのだが、一部の立法委員が中国との強いつながりを疑われかねない今の立法院での動きを強く進めている」と、傅氏らを牽制できていない現状を示唆した。

野党内で必ずしも考えが一致していない中で、台湾の民主政治は今後どう動くのか。たとえば今後、反浸透法の改正に着手するかは野党の姿勢を見るうえで試金石となる。同法は民進党が立法院で多数派を占めていた時期に成立し、中国を念頭に外国の敵対勢力による虚偽情報拡散やロビー活動、献金などを規制することを意図している。

中国は同法が中台の交流を妨げていると主張しており、中国との対話を重視する国民党の中では改正を求める動きもある。民衆党がここでも国民党に同調するかは中国による影響力行使を確認する材料となりうるだろう。

野党2党が本当は何を考え、何を目指しているのか。台湾の市民がそれをどう受け止めるのか。中国の存在も絡まって混迷が続く中、民主政治の実践で台湾の試練は続く。