顕在化する高速道路の「オーバーツーリズム」

佐滝 剛弘 : 城西国際大学教授

2024年06月05日

「車好きの聖地」として知られる場所

首都高湾岸線を東京方面から南下、美しい斜張橋、鶴見つばさ橋を渡り、さらにその先に横浜ベイブリッジが見えるあたりに、首都高最大のパーキングエリア、大黒パーキングエリア(PA)がある。

このPAは以前から、スポーツカーやクラシックカーが集まる「車好きの聖地」としてカーマニアなどには知られていたが、今年になって問題視する報道が増えている。

たとえば、1月に地元紙の神奈川新聞が、「横浜・大黒PAの脚光と困惑 車好き外国人観光客が大挙 問題も急増」という特集記事を掲載したほか、5月下旬には、テレビ朝日系列の朝の情報番組「羽鳥慎一モーニングショー」で、やはり「大黒PA外国人観光客が殺到」と題した24分の特集が放送された。

どちらも、ただ外国人が集まるだけでなく、敷地の外から壁を乗り越えてエリア内に不法侵入したり、タクシーで乗り付けたものの、そのタクシーを返してしまったために帰れなくなる外国人がいたりと、いわゆるオーバーツーリズムが起きているという内容であった。

そこで、実際どんな状況なのか、2024年6月1日土曜日の夕方、実際に大黒PAに立ち寄ってみた。

大黒PAは、横浜港の入口に浮かぶ埋め立ての島、大黒ふ頭にある。

首都高湾岸線と神奈川5号大黒線との交点である大黒ジャンクション(JCT)のループに囲まれるような立地だが、駐車可能台数は大型車・小型車あわせておよそ400台と、首都高のPAの中では最大だ。

横浜ベイブリッジと鶴見つばさ橋との間にあるため、重層的なジャンクションと合わせて近未来的な景観が楽しめるのも特徴である。

午後6時、まだ十分明るい時間に大黒PAに到着すると、駐車スペースは8割がた埋まっていた。

報道のとおり、日本製のスポーツカーや公道上ではほとんど見かけなくなったといってよい1980年代のトヨタ「マークⅡ」などが並んでいて、その様子はショッピングモールの駐車場などとは明らかに違うクルマの見本市のようだ。

そして、そうしたクルマを見に来たマニアとおぼしき人たちが、何十人も駐車スペース脇にたむろし、スマホだけでなく、長い望遠レンズを取り付けた本格的な一眼レフカメラでシャッターを切っている。そのうち、欧米系や中国系など、おおよそ半分強が外国人であることが見て取れた。

もちろん、トイレ休憩や食事のために訪れている日本人のドライブ客もいるが、駐車しているクルマの過半数はスポーツカーなどで、ここに集うためにやってきた人だと思われる。ナンバーも関東一円だけでなく、福島、いわき、静岡など、遠方からのものも見受けられた。

日本車の聖地「DAIKOKU」

大黒PAが人気となった理由はいくつかある。アメリカの映画シリーズ「ワイルド・スピード」(初作は2001年)で日本車が注目され、日本のスポーツカーのショーが行われるほど、日本車に関心が高い層が生まれたこと、ソニー・インタラクティブエンタテインメントのゲーム「グランツーリスモ」でこの場所が組み込まれたことなどが大きい。

そうした背景から、「DAIKOKU」は海外の人にとって、日本車の聖地となってきたのだ。

外国人は見たところ、そして話している言葉から国籍も年齢層もさまざまで、女性だけのグループはいなかったものの、男女グループやカップルも多く、女性の姿も目立つ。

そして、そうした外国人のほとんどは、1台1台を熱心に眺めてカメラに収めたり、クルマの所有者に話しかけたりしている。

幸い、テレビなどで報道されたような不法侵入や、障がい者用のスペースにクルマを停めるといった迷惑行為は見かけなかったが、どこのSA/PAでも味わえない不思議な空間になっていた。

夕闇が迫るとクルマの台数はさらに増え、外国人の比率も高まってきた。コロナウイルスの鎮静化後に再び増えてきたインバウンドは、SNSの隆盛でコロナ以前に比べ、観光地ではないところに人が集まるようになってきている。このPAも、SNS時代の新たな日本の観光地の仲間入りをしている印象が強かった。

筆者は、カリブ海に浮かぶキューバを訪れた際、アメリカのクラシックカーが何百台、何千台と現役で走っている姿を見て、胸が少し熱くなった記憶がよみがえった。

キューバでは、経済封鎖により古いクルマを修理しながら乗り続けざるを得なかったのだが、長い年月にわたり大切に乗り継がれてきたクルマが放つ独特のオーラのようなものが、大黒で見られるクルマに相通じるものを少し感じたからかもしれない。

なお、キューバでは今、クラシックカーの一部はタクシーに利用され、観光客の人気を集めている。

売店や飲食店も「車の聖地」にあやかる

こうした“聖地化”により、売店やレストランでも、それを意識したラインナップが用意されている。お土産などの売店の一角にはカーグッズのコーナーがあり、日本のスポーツカーなどのプラスチックモデルやステッカーといった、ファンが喜びそうな商品が並べられていた。

売店の人に聞いてみると、こうした商品はやはり“聖地化”に合わせて店頭を飾るようになったという。

また、大黒PAには、蕎麦、ラーメン、洋食、そして軽食を提供するフードコートがあるが、その中の横浜龍麺という店では、横浜名物のサンマーメンのほか「味噌の深みが加速する 背脂とにんにくのツインターボ」というキャッチフレーズが大きく書かれた「大黒みそラーメンTWIN TURBO」というメニューまであり、つい頼んでしまった。

1500円というちょっとお高めのラーメンだったが、刻んだチャーシューとピリ辛のもやし、ニンニクなどがたっぷり入って、たしかに喉元からしゃきっとする、元気が出そうな味であった。

ちなみに、その辛みを中和するため大黒PA限定の「大国様どうなつ」も購入。こちらは、大黒PAの名前の由来でもある「大黒様」が、包み紙に描かれていた。

言うまでもなく、大黒様は七福神のひとりで、大黒ふ頭周辺には恵美須町や弁天町もある。埋立地に地名を付与する際、吉祥の名前が付けられたからだろう。

富士山「映えスポット」近くのでも

実は、大黒PAのほかにも、高速道路で歩行者による問題が起きている場所がある。中央道の富士吉田バスストップ(バス事業者は「中央道下吉田」という停留所名を使用)がある。

今年1月と5月に、NHK甲府放送局で、「中央道で高速バス降車後、外国人の道路誤進入相次ぐ」というニュースが放送され、筆者もコメントを求められた。

このバス停は、富士山と五重塔の写真が撮れることで外国人観光客に人気の新倉山浅間(あらくらやませんげん)公園まで歩いて10分ほどのところにあり、東京方面から直行する高速バスが、このバス停に停車する。そのため、昨年あたりから多くの外国人が下車するようになった。

ところが、外国人向けの標識が完備されていなかったこともあり、バスを降りてもどちらに行っていいかわからず、一般道へ下りる階段を探せないまま、高速道路の本線へと歩いて行ってしまう人が増えてしまったのだ。

そもそも高速道路上のバス停は、地元の人の利用を中心としたもので、不慣れな観光客が乗降することをあまり想定していなかった。そのため、わざわざ丁寧な標識を設置しなくても、利用者が困ることはあまりなかったのだ。

現在、NEXCOと地元の自治体などで対策が練られていると聞くが、インバウンドの増加で私たちが思いもしない場所が外国人で賑わうようになったことで、地元の人たちが困るようなケースが各地で頻発している。

高速道路上でもそうした事例が出てきたことで、高速道路の運営・管理会社や警察などの対応が求められる時代になったことを、2つの事例であらためて痛感する。

なお、大黒PAは3方向の高速道路のどの路線からも立ち寄れるため、待ち合わせて相乗りする場所としても利用されている。そのため、施設を利用しないのに長時間駐車するクルマも目立っていて、今も長時間駐車に注意を促す横断幕がPA内に掲げられている。

便利で特徴のあるPAだからこその悩みが深いことをあらためて感じているうちに、2つの橋が美しくライトアップされる時間になったので、帰途についた。