走行試験を行うリニア中央新幹線の試験車=山梨県笛吹市(渡辺浩撮影)

走行試験を行うリニア中央新幹線の試験車=山梨県笛吹市(渡辺浩撮影)© 産経新聞

リニア中央新幹線静岡工区の着工を認めなかった川勝平太氏の静岡県知事辞職で、同工区着工に向けた議論が前進すると期待されている。5月の知事選では最大の争点とされながら具体的な論戦とはならなかった。だが、その傍らで、市内に工区がある静岡市は着々と課題解決の方策を練り、JR東海も市が示した新たな考え方に一定の理解を示す。リニア問題は次の段階に入りつつある。

静岡工区付近の南アルプスの山々。沢の水位低下が懸念される一方で、シカの食害により多くの植生が危機的状況にあるという=令和5年10月、静岡市葵区(青山博美撮影)

静岡工区付近の南アルプスの山々。沢の水位低下が懸念される一方で、シカの食害により多くの植生が危機的状況にあるという=令和5年10月、静岡市葵区(青山博美撮影)© 産経新聞

国の考え方否定

川勝氏が辞職願を提出したのは4月10日。その前日夕刻、静岡市役所内で「中央新幹線建設事業影響評価協議会」が開かれた。増沢武弘静岡大客員教授が会長を務め、静岡工区への対応を検討する市の会議だ。テーマは「南アルプスの環境保全措置の考え方」。特に、工事に伴う沢の水量減少や沢枯れへの対応が焦点だった。

協議会では、JR東海による環境影響想定やトンネル内の湧き水対策として挙げた「薬液注入」を検証。現場は地表からトンネルまでの深さ(土かぶり)が最大で約1400メートルに及び、「高被圧で地下水がたまっている場所の掘削では十分な(薬液注入の)効果が期待できない可能性がある」とした上で、「効果がないことを前提」とすべきだとの考えをまとめた。

国の専門家会議は昨年12月に「薬液注入の効果を前提にした保全措置は適切」としており、市はその前提を否定した格好だ。

調査や対策から「代償」へ

静岡市の難波喬司市長は対策として「代償措置」の必要性を指摘。4月12日の記者会見では「(損失が懸念される植生の)移植や播種(はしゅ)は機能しない可能性も高いが、シカの食害などで失われた別の沢などの植生を回復させれば結果として生態系は保全できる」との考えを示した。代償措置について「JRだけで行うのではなく社会全体の大きな力と協働で取り組む方が相乗効果が高い」とも述べた。

リニア問題への対応について説明する静岡市の難波喬司市長(右)=4月12日、同市役所(青山博美撮影)

リニア問題への対応について説明する静岡市の難波喬司市長(右)=4月12日、同市役所(青山博美撮影)© 産経新聞

南アルプスにはシカによる食害などで植生が危機にひんしているエリアが多くある。代償措置は、現場とは別の食害エリアの植生を再興することなどを柱とする。

難波市長は、こうした取り組みで「植物群落がある面積を維持、増加させれば、(生物の多様性保護を目的に国連教育科学文化機関によって)ユネスコエコパークに認定された豊かな生態系は保たれる」とみている。

県専門部会も議論

静岡工区を巡っては、工事により流量の減少が懸念される大井川の水問題が、上流部にある田代ダムの取水制限案で解決の方向性がみえている。南アルプスの生態系保全は最大の〝山場〟とされているが、その具体的な対策は示されず、県とJR東海の間に大きな隔たりがあった。

難波市長の〝提言〟は県にも響いた。4月12日には、県の専門部会でも代償措置の議論が始まり、JR東海の丹羽俊介社長は同17日の記者会見で「静岡県との対話が進んだ」と評価。就任から間もない鈴木康友新知事は6月5日、丹羽社長と面会し、「(工事と)水資源、生態系保全の両立の方向性は堅持していく」としながらも、リニア推進に理解を示した。

川勝氏が認めてこなかった静岡工区の着工は、「代償措置」という次のステップに議論が移り、課題打開の道筋が見え始めている。

リニア中央新幹線静岡工区 山梨県から静岡県を通り長野県に至る「南アルプストンネル」の静岡県内の一部。全長約25キロのトンネルのうち静岡県内は約10.7キロ。焦点の静岡工区はこの中の約8.9キロの区間で、地上部は大井川の水源域となる。地表からトンネルまでの深さが最大で約1400メートルにも及び、国内でも最高レベルの難工事が予想されている。

~記者の独り言~ トンネル工事に伴う地上部の川や池の水位低下はよくある話だ。しかし、予測も対策も難しい。静岡市の主張は、調査や予測は尽くしており〝これ以上議論しても結果が変わるわけではない。あとは何かあった際の対策を検討しよう〟という考え方への転換を意味する。リニアは大規模な工事だ。必ずや何らかの影響が出る。これまでの議論は、こうした前提をあえて避けてきた。