「大食物観」とは

5月13日まで連続144日間も、尖閣諸島の接続海域で中国海警局の公船が確認されたと、海上保安庁が公表した。日本の領海に侵入したことも、しばしばあった。

例えば、5月8日には4隻も領海に侵入し、日本に対する挑発がエスカレートしている。昨年夏に尖閣諸島のEEZ(日本の排他的経済水域)に中国側が設置したブイは、いまだ置かれたままだ。

実は、尖閣諸島の状況には、習近平主席の「大食物観」も影響している。「大食物観」をご存じだろうか?

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5月10日、中国共産党中央宣伝部機関紙『光明網』が、「大農業観と大食物観で食糧の安全をよりよい方向に保障する」という論評を掲載した。筆者は、北京市にある「新時代の中国の特色ある社会主義思想研究センター」の研究員だった。「新時代」とは「習近平時代」を指す。5月6日には、中国共産党中央委員会機関紙『人民網』も、「大食物観を深く理解し、実践しよう」と呼び掛けている。

「大食物観」とは、習近平主席が愛用する新たな概念の一つだ。農地、草原および森と海洋など、あらゆる地域で食物資源を開発することを意味する。

「大食物観」は、習近平氏が福建省に勤務していたときに初めて打ち出した考えだ。習近平総書記を核心とする中国共産党は、この「大食物観」を浸透させることを、極めて重視してきた。2016年には、共産党が通達した「一号文件」(年初に出す最初の通達)で「大食物観」を強調した。習近平主席は、談話や視察先でもたびたびこれに言及してきた。

注目すべきは、習近平主席が自ら打ち出した「大食物観」の中身の変化である。かつて食糧は、主に農作物を指していたが、次第に海洋へも広げられた。2023年4月に習近平主席が広東省を視察した際には、次のように指示した。

「食糧の安全保障で『大食物観』を確立し、陸地に食べ物を求めるだけでなく、海洋にも食べ物を求めるのだ。海でも耕して、放牧し、漁をするのだ。海で養殖場を作り、青い(海を指す)食糧の倉庫を建設しなければならない」

尖閣諸島を巡って

今年の「一号文件」にも、「大農業観と大食物観を確立し、食物獲得の範囲を広げよう」と記した。

中国はこれまで農業国だったが、習近平主席の「大食物観」をスローガンでは、海洋も食糧基地と位置づけた。食糧の安全保障を極めて重視する習近平主席が、海洋でも食の安全保障の基地にする方針に転換したのだ。最高指導者が打ち出したこの「大食物観」こそが、中国海警を駆り立てて、より頻繁に尖閣へ向かわせているというわけだ。

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中国にとって、尖閣諸島は、のどから手が出るほど欲しい島だ。軍事戦略上、太平洋への主要な出口になるだけでなく、領海を拡張し、海洋の食糧基地を作る上でも欠かせないのである。

14億人の国民の胃袋を満たすため、必要不可欠な海域だと思っているのだ。今後、中国が尖閣諸島に対する巡視、侵入、または実効支配しようとする動きは、ますます激しさを増していくに違いない。

中国政府の宣伝報道でも、尖閣諸島を自国の領土とする動きは活発だ。最近でもCCTV(中国中央電視台)は、「5月8日、中国海警1301艦艇のチームが、わが釣魚島(尖閣諸島)の領海内を巡視した。中国海警が法律に従い、主権を守る巡視活動を行った」と報道している。

4月25日、中国国防部(国防省)のスポークスマンの呉謙大校(一佐)が、記者会見でこう述べた。

「釣魚島(尖閣諸島)とその付属島嶼は古代から中国の領土であり、明代初期から中国によって発見され、命名され、活動してきた。日本は甲午戦争(日清戦争)を機に、釣魚島及び付属島嶼を盗み、自国の領土にした。カイロ宣言とポツダム宣言などの国際的な文書によれば、釣魚島及び付属諸島が中国に帰属することは当然だ。日本は釣魚島の主権に関し、火事場泥棒を働きたいのだろうが、妄想というほかない」

忍び寄る魔の手

5月10日には、「手描き中国の釣魚島の植物図鑑」も出版されたと、『北京日報』が報じた。

中国海警船は、尖閣諸島海域への巡視の常態化を図ってきた。尖閣諸島を奪う第一歩を踏み出したのだ。今後は、中国の法律に従い、日本の海上保安庁の巡視船や漁船を追走し、除去していくだろう。それが第2ステージだ。

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そして第3ステージとして、日本の漁船に対する取り締まりや、科学調査と称して、尖閣諸島への上陸を考えていくだろう。

現在、フィリピンに対しても同様の行為に出ている。南シナ海のセカンド・トーマス礁を巡って、中国とフィリピンの紛争が絶えない。中国海警はフィリピンの船を駆逐し、放水銃を噴射する「いじめ」も頻発している。中国は南シナ海での主権主張を強める一方だ。

台湾に対しても、中国は戦闘機と海警船の両方を使い、威嚇を強めている。台湾を利用して、尖閣諸島への牽制も始めた。5月6日、台湾で「保釣促統聯合会(尖閣を守り、統一を促す連合会)」の設立大会が、中国政府の主導で催されたと、『中国台湾網』が公表した。メンバーは台湾全国でおよそ60名だという。

この連合会は、1970年代に台湾で尖閣諸島を奪取する運動を行ったメンバーたちが再結集したものだ。中国との統一を促して、尖閣諸島を取り戻すことを目的にしている。

習近平主席が押し進める「大食物観」をバックに、中国政府の領土拡張の動きは、着実に台湾から尖閣諸島及び南シナ海へと伸びつつあるのだ。