当たり前の暮らしを支えてくれる人がいる

藤井 誠一郎 : 大東文化大学法学部准教授

2021年09月09日

デルタ株の感染が急拡大し、新型コロナの収束が一向に見えない中、8月に東京都台東区の清掃事務所でクラスターが発生し、不燃ごみの収集ができなくなるなど、日常生活が危うくなるくなるケースも出てきた。地方自治を専門とする藤井誠一郎・大東文化大准教授は著書『ごみ収集とまちづくり 清掃の現場から考える地方自治』でごみ収集の現場で労働体験、参与観察を行い、コロナ禍における清掃事業の問題を浮き彫りにした。同書より一部を抜粋して紹介する。

ほこりやミストが飛散…マスクで防げぬ感染リスク

筆者は東京都北区の清掃現場に入っていたが、そこで経験した感染リスクの高い作業について2点述べてみたい。

1点目は小型プレス車(以下、小プ)への積み込み作業である。小プではバケットに積まれたごみを圧縮してタンクの中に押し込むが、プレス機が回りだしごみを圧縮した際に、ごみから出てくるえたいの知れぬほこりやミストが飛び散る。作業員はそれらを作業中に体内に吸い込んでいる。

当初はそれほど気にはしていなかったが、たまたまバケットに入らず落ちてしまったごみを拾おうとかがんだときにプレス機が動いた際、目の前でごみから噴き出されてくるほこりやミストが飛散するのを見た。

その量がかなりあったため、作業をすれば結構体内に吸い込んでいるのではないかと不安になった。基本的にマスクをして作業をするため直接それらを吸い込むのではないが、不織布のマスクで完璧に防げるわけでなく、マスクの隙間から吸い込んでいると推察される。

とはいえ、筆者の知る限りでは、これまでごみ収集作業自体によって新型コロナウイルスに感染したという話はなく、ごみからのほこりやミストはとくに体に影響を及ぼすわけではないのかもしれない。そうは言っても、微量でも吸いたくはない物質である。

2点目は、感染者が使用した可能性がある使用済みのティッシュやマスクを拾い上げる作業である。このような作業を行うのは、①プレス機の回転によりごみ袋が破裂してバケットから飛び出た場合、②鳥獣の被害に遭いごみ袋が裂かれ周りに散乱している場合、③ごみ袋がしっかりと結ばれておらず持ち上げた瞬間に中身が散乱する場合、である。

こうした状況になると清掃車に積んであるかき板を利用してなるべく触れないように拾い上げバケットに入れるのであるが、それは時と場合による。

清掃車が停車しても通行に支障が出なければゆっくりと作業ができようが、清掃車の停車により付近の通行が妨げられる場合には、なるべく早く片付けを行う必要がある。その際は仕方なく手で拾い上げてバケットに入れる。グローブをしているので素手ではないものの、感染への恐怖を感じる瞬間である。

以上のような作業によって清掃職員は感染リスクと背中合わせでごみ収集を行っているが、作業を終え事務所に帰った際には手を消毒してうがいをすることを心がけている。よって今のところ、収集作業自体により新型コロナウイルスに感染したという話は聞かれない。

コロナ陽性者発生施設のごみ収集の過酷な実態

2021年1月11日、収集業務体験を終えて滝野川庁舎に戻り洗身の準備をしていたときに緊急会議を開催する館内放送が流れ、清掃職員一同は3階の会議室に集まった。そこでは統括技能長より、管内の老人ホームでコロナ陽性者が発生したため、通常の収集はやめ特別な体制を整え、感染対策を施しながら収集業務を行っていくとの説明がなされた。

その詳細は以下のとおりである。すなわち、「通常は小プで収集を行っているが、プレス機で袋が破けて中身が出る危険性があるため、感染確率を低く抑えて収集を行いたい。そのため特別に『軽小型ダンプ車』(以下、軽ダン)を用意して袋が破れないように丁寧に積み込んでいく形で収集を行う。

作業には25人程度いる主任の中から交代で担当者を割り当てるようにする。老人ホームには排出するごみの袋を二重にし、消毒を徹底するように伝えている。危険性はかなり低いと思うが万全ではないかもしれない。

作業を担当する主任には別途ゴム手袋を用意するので、作業終了後はすぐに処分してほしい。車の中には消毒液を用意する。作業終了後に戻ってきたらすぐに洗濯して洗身してもいい」といったアナウンスがあり、翌日から1月末まで特別の体制をとり、週2回の収集に当たるようになった。

隣に座っていた清掃職員の方に尋ねると、「当該老人ホームからは通常は40袋ぐらいオムツが出てくる。今回の作業では100袋前後積むかもしれない。これまで小プに積んでいるときに汚物をかぶった清掃職員がいる」と教えていただいた。

当該職員の方はかなり不安を感じており、普段の収集でもリスクを感じながら収集作業を行っているため、今回の案件はかなりリスクが高い作業と受け止めていた。

筆者はこの話を自分に置き換えて聞いていた。正直なところ自らも進んで行きたくはない気持ちであった。一方で、公務という仕事を全うする清掃職員の気概に近づきたい気持ちもあった。結果そちらが勝り、あえて収集の志願をさせてもらい、シフトに割り当てを行っていただいた。

しかし、先述(「『ごみ収集』感染リスクと隣合わせ過酷な現場ルポ」)した滝野川庁舎の清掃職員のコロナウイルス感染により登庁が許されず今回の作業体験は実現しなかった。後日収集作業に当たった清掃職員の方から現場の状況を聞いたところ以下のとおりであった。

作業当日は、2人の主任が軽ダンで老人ホームに行き、出されたオムツを積んでいった。1人は荷台に乗り、もう1人が下から渡す形で積み込み作業を行った。軽ダンへの積み込みが終わるとすぐに北清掃工場に向かい、感染ごみ用に準備された1番ゲートからごみバンカに入れていった。

その作業を繰り返し、午前中に3回、午後からは1回収集して総量約1トン分のオムツを北清掃工場に運び入れた。

業務を担当した主任に作業に当たって不安や恐怖を感じたかと尋ねたところ、「小プに積むわけではないので破裂する危険がないためそれほど感じなかった。不安や恐怖は作業に当たる人の気持ちによるのではないか」と述べた。また、業務命令として業務に当たることについての見解を尋ねたところ、「取りに行かないわけにはいかない」と述べた。

東京都北区の清掃職員の平均年齢は52歳であり、常日頃から感染にかなり配慮をしながらリスクと背中合わせで作業をしている。そのような状況の中でも、業務が割り当てられれば、たとえ自らが感染して家族にも感染させる危険性があるとわかっていても、リスクを承知のうえで収集に向かい業務を全うしていく。

このような気概の清掃職員がいるがゆえ、私たちの衛生的な生活が成り立っているとしっかりと認識しておく必要がある。

タワマンごみ、清掃車タンク洗浄…

コロナ禍での収集作業の中で、まだそれほど知られていない作業がある。新宿区で確認したかなり感染リスクが高いと思える作業を2つ紹介しておく。

 

1点目は、大型タワーマンションなどで採用されているごみ貯留排出機(以下、貯留機)からの収集作業である。住民がいつでもごみを出せ、その散乱、汚水漏れ、悪臭や害虫の発生が防げ、しかも収集作業の労力をそれほどかけずに行える装置として近年導入されているのが貯留機である。

ドラム式の貯留機に投入されたごみは、ドラムの回転によって取り出し口方向に移動され、密閉されたドラム内に圧縮して貯留されていく。収集時は貯留機の取り出し口のふたを開け、コンベアで清掃車のバケットまで動かして積み込んでいく。

作業員にとってごみ袋の積み込み作業の負担が軽減されるが、貯留機のふたを開けたときの異臭や、圧縮されて袋が破けたごみからの粉塵(ふんじん)が、貯留機周辺に舞う。マスクをしていても、業務の遂行をためらいたくなる作業である。

この貯留機に格納されたごみの中には、軽症で自宅待機する感染者のマスクやティッシュなども混ざっているかもしれず、地下室等で換気の悪い場所に設置されている貯留機からのごみの収集は、かなり感染リスクが高い作業となる。

2点目は、清掃車のタンク洗浄である。清掃車の運転手は、タンクに臭いがこもらぬようにするため、収集運搬業務終了後は清掃車のタンクの中を洗浄し、必要ならば磨き上げる。その作業では清掃事務所の車庫で高圧洗浄機を利用し、タンク内の水洗を行う。コロナ感染者の排出したごみに付着したウイルスがタンク内に存在している可能性もあり、洗浄の際に周囲へ飛散するミストから感染してしまう可能性もある。

この作業に当たり防護服は提供されておらず、従来と同様の手順により洗浄作業が行われていた。感染者のごみが含まれていた可能性があるタンクを洗浄する作業は、非常に感染リスクが高い。

なお、新宿区では、これらの作業への対応として、手洗い、消毒、うがい、洗身を徹底し、感染リスクを低下させる方策が採られていた。