ドイツ政府が「AfD潰し」に王手か…!? 欧州議会選挙直前にAfDの筆頭候補者事務所で「中国スパイ」が逮捕され

欧州議会選挙の戦いを前に

ドイツでは長らく、中国のスパイ行為などはほとんど報じられなかった。ところが最近、立て続けに中国スパイに関する報道があり、4月22日には、中国系ドイツ人、ジアン・Gが捕まったことが大きく報じられた。

G(43歳)とは何者なのか?

報道によれば、中国生まれのGは、2002年から09年までドレスデン工科大学に在籍。卒業後はビジネス界におり、13年にはドイツ国籍を取得。そして、19年から逮捕まではブリュッセルの欧州議会の、ドイツ人議員の下で働いていた。ドイツ連邦検察庁によれば、Gを通じて欧州議会の情報が中国に流れていた可能性が大だという。

なぜ、このニュースが大きく報道されたかというと、Gが働いていたのが、AfD(ドイツのための選択肢)のマクシミリアン・クラー氏の事務所だったからだ。

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Gettyimages© 現代ビジネス

AfDとは言うまでもなく、ドイツの全政党が寄ってたかって、何が何でも潰したいと願っている党だ。そのためには無視、誹謗中傷、何でもアリ。しかし、それでも国民の支持は下がらず、既存政党は焦燥感を募らせていた。

一方、2019年に初当選して以来、欧州議会の一員であったクラー氏は、今年6月の欧州議会選挙に、AfDの筆頭候補者として再び出馬する予定だった。そんな人物の近辺に中国スパイがいただけでも大問題だが、もし、クラー氏自身が中国と繋がっていたなどということになれば、AfDにとっても重大なダメージだ。

おりしも欧州議会の選挙戦の火蓋が切られる日が27日に迫っており、AfDはこの事態を放ってはおくわけにはいかなかった。困り果てた共同党首、クルパラ氏とヴァイデル氏は、選挙戦中、話題がクラー氏のスパイ問題に集中することを避けるため、5月1日まではクラー氏を選挙活動に参加させないという苦渋の選択をすることになった。

 

飛ぶ鳥を落とす勢いで進むと予想されていたAfDの欧州議会選挙の戦いは、こうして、筆頭候補者の欠けた不幸な状態で始まったわけだ。

ダブルスパイである疑いも

ところが26日、『ライプツィガー・フォルクスツァイトゥンク』紙が思いがけないスクープを放った。Gが2007年より18年まで11年間も、旧東独ザクセン州の憲法擁護庁で、非公式協力者として働いていたというのだ(憲法擁護庁とは、国内向けの諜報機関)。

●Spionagefall bei der AfD: Jian G. soll Verfassungsschutz-Informant gewesen sein(27.04.2024)

さらにその翌日、今度は、当局の内部資料を入手しているという『ビルト』紙が、Gの01年の渡独から逮捕までの23年間の経歴を年表にし、顔写真入りで詳しく報じた。ビルト紙はドイツ最大の発行部数を誇る大衆紙だ。

●Die Geheimdienst-Akte des China-Spions der AfD

BND, Verfassungsschutz und Peking-Stasi: die irre Geschichte des Jian Guo(27.04.2024)

『ビルト』紙の記事より

『ビルト』紙の記事より© 現代ビジネス

それによると、Gは在学中の07年、BND(連邦情報局・国外向けの諜報機関)に接近、中国についての情報提供を申し出たという。しかしBNDは、Gが中国スパイである可能性を疑い、採用しなかった。ただ、BNDはGの存在を、ザクセン州の憲法擁護庁に知らせたという。国内の諜報には使えると思ったのだろうか。

すると本当に、ザクセン州の憲法擁護庁がGに接触。07年12月、Gは同庁の非公式情報提供者となった。非公式というのは、いわば専業ではないスパイだ。そして、Gの役目は中国スパイの探索。特に、ドイツに亡命している中国の民主活動家を探っている中国共産党のスパイを見つけることだったという。ちなみにGは本業として、中国製のLEDランプの輸出入の会社を持っていた。

14年になると、Gは若き政治家、兼弁護士であるクラー氏に接近した。当時のクラー氏はまだAfDの党員ではなく、CDU(キリスト教民主同盟)の政治家(AfDに移ったのは16年)。しかも興味深いことに、Gの方は当時、社民党の党員だった。つまり、社民党もCDUも、Gにスパイされていた可能性がある。

さらに15年になると、やはりGが中国スパイであるという疑いが強まってきたという。しかし、調査の結果、「ダブルスパイである疑いは、固まることも、消えることもない」として、Gはそのまま泳がされた。ザクセン州の憲法擁護庁がようやくGを情報提供者から外したのは18年。ただ、その後も監視は続いた。

一方、2019年5月、クラー氏がAfDの議員として欧州議会の議員に当選した。14年ごろから続いていたGとの関係もあったのか、氏はまもなく “EUと中国の友好団体”の副会長に就任。またGはGで、ドレスデンで中国のロビー活動を主目的とした“新シルクロード”を組織した。

Gが正式にクラー氏のチームに入ったのは同年9月だ。クラー氏が欧州議会の国際貿易委員会に所属していたこともあり、Gを採用したこと自体は、別段不自然なことではなかった。ただ、ビルト紙によれば、連邦の憲法擁護庁は、Gがクラー氏の下で働くようになって以来、監視をさらに強めていたという。

なぜ、このタイミングで逮捕したのか

さて、問題はここからだ。この話には不可解なことが山ほどある。

まず、解せないのは、ドイツ当局は17年も前からGが何者かを察知しており、中国スパイの疑いもあったというのに、なぜ、Gは欧州議会の職員になれたのかということ。欧州議会の職員になるには、かなり厳しい身元チェックがあるはずだ。

それどころか連邦の憲法擁護庁は、欧州議会でのGの一挙手一投足を把握していたという。それなのに、なぜ、検察庁は今ごろになってGを拘束し、欧州議会の情報が中国に流れていた可能性など指摘しているのか? 逮捕する気なら、それまでいくらでも時間はあっただろう。

そもそもクラー氏も、Gがスパイかもしれないと警告されていれば、Gを採用することはなかったはずだ。しかし現実には、誰もそれをクラー氏に知らせず、Gは氏の下で5年間も働いていた。なぜ?

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ここで自然に思いつく答えは、欧州議会のGは、AfDを探っていたのではないかということだ。AfD撲滅は、社民党の仕切る連邦内務省(憲法擁護庁の上部組織)にとっての宿願であるし、ザクセン州ではAfDはすでに第1党で、それが同州の憲法擁護庁の悩みの種でもある。そのAfDの中枢に入り込めたGの存在は、彼らにとってはこの上なく貴重なものだったのではないか。

しかも、逮捕のタイミングもピッタリくる。欧州議会選挙の選挙戦の開始直前にぶつけられた逮捕劇で、現在、AfDの主席候補者はあっけなく無力化されている。

こうして突然の危機に見舞われたAfDだが、彼らがこれを静観するはずはなく、4月29日、ザクセン州内相のアーミン・シュースター氏に対し、同州の憲法擁護庁とGとの協力関係についての徹底開示を求めた。当然、AfDは、州の内務省がAfDを弱体化するためGを活用したと見ている。

ちなみに私は、AfDについては流布されているような反民主主義の極右党だとは思っていないが、ただ、クラー氏の政治家としての資質に関しては納得できないことも多い。世間にはたまに、自分が男であるだけで威張っている人間がいるが、氏の言動にはしばしばその傾向がある。

また、ビルト紙によれば、クラー氏は議員になった直後に、Gのアレンジで北京へ飛んでいるが、その航空運賃は、ファーウェイ、及びCNPC(中国石油天然気集団)などが負担したという。これが真実だとすればアウトだし、その後5年近くの間に、他にも中国との間に金銭のやり取りがあっただろうと思われても仕方がない。

今回ばかりは絶体絶命か

今、AfDの幹部は、クラー氏を欧州議会選挙の筆頭候補に据えたのは失敗だったと思い始めているのではないか。

実は4月初め、やはり欧州議会選挙に打って出ている2番候補者であるペータ・ビストロン氏にも、突然、“ロシアに買収されている”というスキャンダルが降って沸いた。ただ、これについてはクルパラ党首は、「証拠がない」と撥ねつけた。ところがクラー氏に関しては、「買収された人間は処分されるべき」と一般論を述べただけで、積極的に庇う気配はなかった。

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いずれにせよAfDは、選挙戦が始まった途端、本来なら堂々と披露すべき筆頭候補者を隠さなければならないという苦しい事態に陥っている。

そして、政府、及びその他の政治家が、これでAfDの息の根を止められるかもしれないと大いに期待していることは、火を見るよりも明らかだ。すでにクラー氏の浮沈など問題ではない。

なお、今後の進展だが、Gもかなり怪しそうな人物なので、今後、起訴されたとしても、司法取引を持ちかけられればさっさとそれに乗り、ドイツ政府に都合の良い証言をする可能性は高い。Gはすでにドイツ国籍を取得しているから、北京へ送還される心配もないし、それで減刑、あるいは無実となれば御の字だろう。

AfD潰しに関しては、これまでも信じられないことが山ほどあったが、彼らはいつも生き延びてきた。しかし今回の事件では、支持率を突然2%も下げた。完全な王手だ。

ドイツにおける欧州議会選挙の投票日は6月9日。それまでまだ一波乱あると想像する。