岸田文雄首相は嘲笑を堪えきれないのだろう。数々の増税プランと社会保険料アップの施策を並べ、「増税メガネ」と不評を買ったのは今や昔。支持率は依然として低空飛行を続けるものの、再選を目指す今年夏の自民党総裁選でライバルとなりそうな「ポスト岸田」候補を次々と粉砕した。

現在は裏金問題発覚で「ヒール」役に回った有力議員たちを説得するヒーロー気取りだ。政界事情に通じる経済アナリストの佐藤健太氏は「首相は『人の噂も七十五日』とばかりに“悪役”を脱し、国民はチョロいもんだと笑っているのではないか」と見る。

「新しい資本主義」「令和版所得倍増計画」はどうなったのか。結局、何も実現されていない

自民党派閥の政治資金パーティー収入をめぐるキックバック(還流)問題が発覚した昨年末、支持率低下に苦しんでいた岸田首相は「好機」を見いだしたのは間違いない。言うまでもなく、岸田氏の頭にあるのは今夏の自民党総裁選で再び勝利をつかむことだ。その理由は、自らが掲げてきた党総裁任期中の憲法改正や「何としても自分の手で解決する」と語ってきた北朝鮮による日本人拉致問題が手つかずのままで、2021年9月の前回総裁選の際に唱えた「新しい資本主義」や「令和版所得倍増計画」などが何ら実現していないことにあるのだろう。

NHKの世論調査を振り返ると、岸田内閣の支持率は2021年10月の発足時に49%(不支持率は24%)だった。参院選が行われた2022年7月には59%まで支持率が上昇し、不支持率は21%に低下している。だが、同年9月に安倍晋三元首相の「国葬」が行われ、年末にかけて防衛費大幅増に伴う増税プランが議論されると支持、不支持が逆転した。直近の今年2月は支持率25%、不支持率58%だ。

 

首相の椅子に座り続けることだけを考えてきた岸田

ただ、この間に支持率が浮揚したタイミングがある。それは2023年5月に首相の地元・広島で開催された「G7広島サミット」の時だ。弱い野党に助けられた面は否定できないが、同年4月の統一地方選の前から3割台に落ち込んでいた支持率は40%台に戻り、サミット時には支持率46%、不支持率31%にまで回復した。もちろん、それからはご存じの通り2割台まで急落していく。

なぜ岸田首相は「好機」と見たのか。結論を先に言えば、それは「やることができた」からだろう。自民党内において、岸田氏は「首相になることが目的で、首相に就いた後に『これを成し遂げたい』というものがない」と言われている。「所得倍増計画」は首相が尊敬する「宏池会」創始者の池田勇人元首相の言葉を真似たに過ぎず、デジタル実装を通じて地方の課題解決を目指すという「デジタル田園都市構想」は宏池会所属議員のアイデアをパクったものだ。

岸田政権の看板である「新しい資本主義」をはじめ、最側近の木原誠二幹事長代理らが発案したものを首相はいかにも自らのプランであるかのように振る舞ってきた。だが、それらは国民に見透かされ、実際に政権を運営してみると思うように実を結ばない。そればかりか財務省を中心とする財政再建派にひたすら押され、数々の増税プランと社会保険料アップの施策を並べるようになった。人々の共感を生むような国家ビジョンを示せず、自らが言及してきた「国民との約束」を果たせないのであれば、支持率が下降するのは当たり前だ。昨年末までは、どのようにすれば“首相の椅子”に座り続けられるのか頭を抱えていたことだろう。

岸田首相は、自らが自民党総裁選で再選するため、「派閥=悪」という構図をつくり上げた

だが、首相にとっては「千載一遇の好機」となる裏金問題が発覚した。「誰よりも派閥(宏池会)を愛していた」(旧岸田派議員)といわれる岸田氏だが、1月18日にいきなり宏池会を解散する意向を表明。自民党最大派閥だった「清和政策研究会」(安倍派)や「志帥会」(二階派)、「近未来政治研究会」(森山派)も追随し、6つの派閥のうち4つが解体する流れをつくった。

岸田政権を支える派閥領袖の麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長に事前相談なく解散表明したのは、「単に反対されるからという理由ではなく、もう派閥に頼らなくても総裁選で再選して見せるという意味」(旧岸田派の閣僚経験者)とされる。突如、首相官邸で記者団に「政治の信頼回復に資するなら考えなければならない」と解散する意向を示した岸田氏がうっすらと笑みを浮かべていたのは記憶に新しい。