過去の大統領選を的中、リットマン氏に聞く

肥田 美佐子 : ニューヨーク在住ジャーナリスト

2024年02月28日

アメリカのメリーランド州で開催された保守政治行動会議(CPAC)で演説するトランプ前大統領(写真:Bloomberg)

トランプ前大統領の快進撃が止まらない。2024年のアメリカ大統領選・共和党指名候補争いでトランプ氏が圧勝を続けており、11月に行われる大統領選はトランプ・バイデン再対決の可能性が高まっている。ではトランプ再選はあるのか。

今回、話を聞いたのは歴史学者で米アメリカン大学のアラン・リットマン特別栄誉教授。自身が考案した「ホワイトハウスへの13のカギ」を基に勝者を予測し、1984年のレーガン大統領再選から勝者を言い当ててきた。クリントン氏の勝利が確実視されていた2016年の大統領選も「トランプ勝利」を予測し、的中させている。

リットマン教授の「ホワイトハウスへの13のカギ」は、13の指標を「真実(イエス)」か「正しくない(ノー)」で判断する。13のうち6つ以上が「正しくない(ノー)」という結果になると、対立候補の勝利が予測される。逆に言えば、与党が勝つには、8つ以上の指標が「真実(イエス)」である必要がある。

●ホワイトハウスへの13のカギ
①中間選挙で与党が躍進した(連邦下院で議席を増やした)
②現職大統領の党候補指名に挑む主要な候補者がいない
③現職が再選を目指す選挙である
④主要な第3党候補者がいない
⑤経済の短期予測が良好(景気後退に陥っていない)である
⑥経済の長期予測が良好(現政権下の経済成長が、前政権とその前の政権の下での経済成長と同等か、それ以上)である   
⑦前政権から政策を大きく転換した
⑧社会不安がない
⑨大きなスキャンダルがない
⑩外交・軍事政策で大きな失敗がない
⑪外交・軍事政策で大きな功績を上げた
⑫現職にカリスマ性がある
⑬対立候補にカリスマ性がない

リットマン教授の現時点での分析によると、答えが「真実(イエス)」でバイデン大統領に有利な指標は13のうち5つ(②、③、⑥、⑦、⑬)、答えが「正しくない(ノー)」ことが確定し、トランプ前大統領に有利な指標は2つ(①、⑫)、6つの指標についてはまだ答えが出ていない。

リットマン教授が最終的な予測を出すのはまだ先だが、今の分析に関する詳細を聞いた。

 

Allan Lichtman/アメリカン大学特別栄誉教授(歴史学)。1973年ハーバード大学で博士号取得。大統領選の独自分析手法を構築。2016年にトランプ氏の勝利を予測し、話題に。専門は米現代史、米政治史、米大統領制、公民権など。著書に『Predicting the Next President: The Keys to the White House』(未邦訳)

 

――次期大統領選の行方をどう見ますか。

「①中間選挙で与党が躍進した(連邦下院で議席を増やした)」については、民主党は2022年11月の中間選挙で、下院を野党・共和党に奪還された。だから、答えは「正しくない(ノー)」であり、バイデン大統領に不利だ。

「②現職大統領の党候補指名に挑む主要な候補者がいない」「③現職が再選を目指す選挙である」は、バイデン大統領が続投を宣言し、主要な党内の挑戦者もいないから、いずれも「真実(イエス)」だ。

「高齢のバイデン大統領は若い世代に道を譲るべきだ」といった不満が渦巻いているが、実のところ、与党・民主党にとって勝利のベストチャンスはバイデン大統領の続投にある。仮に彼が退いたとしたら、上記2つのカギが一転して「正しくない(ノー)」になる。

経済の短期予測がどうなるかは知る由もない

――「④主要な第3党候補者がいない」については、ケネディ元大統領の甥であるロバート・ケネディ・ジュニア氏が昨秋、無所属で大統領選への出馬を宣言し、著名な進歩主義派の学者であるコーネル・ウェスト氏も立候補を表明しています。反トランプ派の急先鋒であるリズ・チェイニー前下院議員(共和党)は、「トランプ復活を阻止すべく、あらゆる手を尽くす。第3政党からの立候補もありうる」と、CNNに語っています。

リズ・チェイニーが出馬するとは思わない。今から始めるのは時期的に遅すぎる。ロバート・ケネディ・ジュニアもコーネル・ウェストも、どれほどの支持を集められるか不透明。④について答えを出すのは時期尚早だ。

――「⑤経済の短期予測が良好である」「⑥経済の長期予測が良好である」は、今のところ、どちらも「真実(イエス)」ですよね。 

確かにアメリカ経済は堅調だ。経済の長期予測に関する指標が良好なのはほぼ確実だが、今後6カ月間の短期予測がどうなるかは知る由もない。

――「⑦前政権から政策を大きく転換した」については、国内政策で大きな変化がありましたよね。バイデン大統領は、民主党が上下院を制していた就任後の2年間で、大規模な気候変動対策を盛り込んだ「インフレ抑制法」(IRA)や「インフラ投資法」など、大きな成果を上げたと言われています。

そのとおりだ。トランプ前政権から政策が様変わりした。⑦がバイデン大統領に有利なのは間違いない。「⑧社会不安がない」も目下のところ、バイデン大統領にとってマイナスになるような社会不安はない。

――しかし、アメリカでは、イスラエル・ガザ戦争に対する見方が世代によって違います。イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃を批判し、大学生などの若者が抗議デモを繰り返しました。この分断が社会不安につながる可能性は?

私が言うところの「社会不安」は、もっと大規模なものを指す。1960年代の公民権運動やトランプ政権下の「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」運動のように、全米規模で何百万人もの市民が抗議デモに繰り出し、「アメリカ社会の安定を揺るがす」ような現象のことだ。

反イスラエルの抗議デモはそこまで行っていない。今後、変わる可能性もあるが、今のところ、バイデン大統領に不利な状況ではない。

バイデン大統領のスキャンダルは今のところないが…

――「⑨大きなスキャンダルがない」についてはどうですか。共和党が制する下院はバイデン大統領を弾劾すべく、その一環として、大統領の次男ハンター・バイデン氏を税金の滞納などの疑惑で追及しています。

野党・共和党はバイデン大統領にスキャンダルを負わせようと動いているが、うまくいっていない。現時点で⑨は「真実(イエス)」であり、バイデン大統領に有利なのは確かだ。とはいえ、今後、共和党がスキャンダルを見つける可能性もあるため、まだ断定はできない。

――今年1月初め、バイデン大統領がロイド・オースティン国防長官の入院を数日間、知らされなかったことや、同長官の健康不安はスキャンダルになりうるでしょうか。そうした懸念を示すアメリカの専門家もいます。

オースティン国防長官の一件はマイナーな問題だ。⑨でいう「スキャンダル」は、国家に甚大な影響を及ぼすような主要なスキャンダルのことだ。国防長官の一件は、バイデン大統領に不利に働くようなレベルのものではない。

「⑩外交・軍事政策で大きな失敗がない」は、中東やロシア・ウクライナ戦争といった、大規模な外交・軍事問題で失敗を犯すことを指す。

――2021年8月30日に行われたアメリカ軍のアフガニスタン撤退について、アメリカのメディアは「準備不足」などとさかんに批判しました。これは外交・軍事上の大きな失策ではないのでしょうか。過激派組織「イスラム国」(IS)系の組織による自爆テロで、多くのアフガン市民が犠牲になり、アメリカ軍にも複数の死者が出ました。

失敗どころか、アフガン撤退は大きな成功だった。これまでのアメリカ軍の撤退のなかで、最大の成功と言ってもいい。確かに犠牲者は出たが、自爆テロは防ぎようがない。それにもかかわらず、米メディアは、「撤退は失敗だった」と喧伝した。

だが、世間は、もはやアフガン撤退問題など覚えていない。共和党予備選のテレビ討論会でさえ、アフガン撤退問題を持ちだす候補者などいなかった。アフガン撤退問題の報道は、私が覚えているかぎり、アメリカのメディア史における最も恥ずべき出来事の1つだ。アフガン撤退という問題の本質をないがしろにする、とんでもない報道ぶりだった。

ベトナム戦争を思い出してほしい。1970年代に行われた同戦争からの撤退(や脱出)のほうが、はるかにひどいものだった。しかも、アメリカ人はアフガン撤退を支持していた。世間に悪いイメージが植え付けられたのは、アメリカのメディアの報道によるところが大きい。何より世間の関心は中東やウクライナに移っている。

――「⑪外交・軍事政策で大きな功績を上げた」は「正しくない(ノー)」ですよね。バイデン政権はまだ主要な功績を上げていません。

そのとおりだ。ロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ガザ戦争の行方次第だが、今のところ、大きな軍事上の功績はなく、バイデン政権にとって不利だ。とはいえ、今後の情勢次第では変わる可能性もある。

トランプ氏に強いカリスマ性はない

――残り2つの指標「⑫現職にカリスマ性がある」「⑬対立候補にカリスマ性がない」は候補者に関するものですが、⑫は「正しくない(ノー)」ですよね。

そうだ。バイデン大統領は、民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領のような国民的ヒーローとは言えない(注:ルーズベルト大統領は1933年、ニューディール政策を打ち出し、アメリカを大恐慌から復活へと導いた)。このカギはバイデン大統領にとって不利であり、今後も答えは変わらない。

――⑬はどうですか。教授は4年前、筆者の取材に対し、トランプ氏にはレーガン大統領やオバマ大統領のような強いカリスマ性はないと言いましたが、今でも同じ見解ですか。トランプ氏は複数の刑事事件で起訴されていますが、共和党予備選で圧勝しています。

むしろ4年前より、その確信を深めているよ。彼は、一部の岩盤支持層に受けているだけだ。レーガンやルーズベルトのように、幅広い有権者層に訴えるだけの力はない。レーガンは共和党だったが、民主党にも多くの支持者がいた。

民主党のトランプ支持者など聞いたことがない。私が言うところの「カリスマ性」は、党派性を超え、広範なアメリカの有権者にアピールする力を指す。つまり、⑬はバイデン大統領に有利であり、今後も変わらない。

――教授は4年前、「世論調査は、その時々のスナップショットにすぎない」と言いました。今も世論調査を信じていないのですか。確かに2016年の大統領選ではクリントン氏の勝利が確実視されていましたが、まさかのトランプ勝利でした。今回は、激戦州を含め、トランプ前大統領の優勢とバイデン大統領の劣勢が報じられています。

私は今も世論調査など信じていない。特に、早い段階での世論調査には何の意味もない。1980年の大統領選では、現職のカーター大統領(民主党)が世論調査で優勢だったが、対抗馬のロナルド・レーガンが圧勝した。

また、大統領選が数カ月後に迫った1988年6月、レーガン政権下のブッシュ副大統領(親)は世論調査で、民主党のマイケル・デュカキス(マサチューセッツ州知事)に18ポイントも水をあけられていた。だが、実際には、ブッシュが難なくデュカキスを破った。わずか数カ月で25ポイントも追い上げたのだ。

トランプは多くの世論調査でバイデン大統領の支持率を上回っているが、バイデン優勢を示す世論調査もある。世論調査を見ても、確かな動向などつかめない。トランプ前大統領の判決がまだ出ていないことを考えると、なおさらだ。裁判の行方次第では、情勢が一変する可能性がある。現段階での世論調査は「無意味」の一言だ。

――トランプ前大統領に有罪判決が下ったら、大統領選にどのような影響が及ぶでしょうか。

大統領選前に、何らかの事件で有罪判決が下る可能性は高い。世論調査に影響が出るだろう。とはいえ、私の選挙予測には何ら影響は及ばない。見てのとおり、13のカギのうち、トランプ前大統領に関するものは「対立候補にカリスマ性がない」という最後の指標だけだ。13のカギを見れば、世論調査を信頼すべきではない理由がまた1つ増えるのがわかるだろう。

共和党予備選「トランプ氏が独り勝ち」のワケ

――教授は4年前、大統領選は「現政権による統治への信任投票」だと言いました。だとすれば、「統治」に失敗して国民の信任を得られず、再選されなかったトランプ氏が、なぜ共和党予備選で独り勝ちの様相を呈しているのでしょう?

岩盤支持層によるトランプ人気はアメリカ政治における「驚くべき現象」であり、前代未聞だ。トランプが2015年6月に翌年の大統領選への出馬を宣言して以来、彼の支持率は一貫して40%前後を保っている。トランプが何をしようが、支持率に何ら影響が出ないのだ。

なぜか。現状に不満を抱える白人有権者の心をつかんだからだ。彼らは、トランプが「自分たちのために戦ってくれる」と信じている。戦ってくれるかぎり、「彼が何をしようが支持する」と考えているのだろう。トランプが岩盤支持層をしっかりつなぎとめている理由は、そこにある。

彼らはトランプへの批判など歯牙にもかけない。しょせんバイデン派や社会主義者、ロビイストや既得権益者といった「スワンプ(汚水・泥水)」が言っていることだと考えている(注: 2016年大統領選で、トランプ氏は「Drain the Swamp(汚水を抜く・泥水をかき出す)」をスローガンに、米政界の汚職や既得権益を一掃すると訴えた)。

一方、バイデン政権や民主党は発信力に乏しい。1960年代(に公民権法などを誕生させた民主党のリンドン・ジョンソン大統領)以来、バイデンほど、内政で多くの成果を上げた大統領はいない。彼の「統治」は上々だが、有権者には、それが伝わっていない。だから、支持率に反映されず、低迷し続けている。