南アルプスのリニア問題に関する記者会見を積極的に開き、静岡県の対応を厳しく批判してきた難波喬司・静岡市長に対して、「実際は、裏で川勝平太知事とつながっているのではないか」という疑問を持つ関係者が多い。
難波市長の厳しい批判は、単にテレビ、新聞報道の受け狙いだけで、実効性が全く伴っていないことを見透かされているようだ。
また、川勝知事らは難波市長の批判など意に介していないのだ。
その疑いを裏づけるのは、「山梨県の調査ボーリングをやめろ」という川勝知事の主張である。
【前編】『静岡、川勝県知事と難波市長が裏で繋がっている「疑惑」…リニア問題に参入する「奇妙な行動」』
難波市長は厳しく否定した
「山梨県の調査ボーリングをやめろ」で、難波市長の果たした役割がいかに大きかったかを振り返る。
県理事の退任に当たって、難波市長の業績の中で、川勝知事は「高速長尺先進ボーリングに横串を刺す、明快な説明文書をJR東海に送った」と2022年11月9日付の要請書を挙げて、「(県リニア問題責任者時代に)やるべきことは、全部やられた」と高く評価した。
「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」を唱えた川勝知事(静岡県庁、筆者撮影)© 現代ビジネス
この文書で、難波市長は、先行調査を役割とする高速長尺先進ボーリングを串刺しにして、刺し貫くほどに厳しく否定したのだ。
高速長尺先進ボーリングは先行調査ではなく、掘削工事の一部という川勝知事の主張を踏まえたものとなっている。
2022年10月31日の県地質構造・水資源専門部会で、難波市長は「静岡県境に向けた山梨県内の工事をどの場所で止めるのか」を決定する必要があるとして、JR東海に山梨県での工事の進捗状況の説明を求めた。
当時、JR東海は、静岡県境まで約920mまで山梨県内の掘削工事が進んでいると説明、その先端部分で大量湧水の発生などは確認されておらず、「締め固まった地質で安定している。断層帯は静岡県境の西側にある」として、高速長尺先進ボーリングで先行調査しながら、県境まで掘り進めていくとした。
県専門部会で、高速長尺先進ボーリングの是非についての結論は得られなかったにも関わらず、難波市長は、11月9日付要請書で、高速長尺先進ボーリングが静岡県内の地下水に影響を与える恐れがあるとして、回避策を示すよう求めたのである。
その後、11月30日の静岡県中央新幹線環境保全連絡会議で、地質構造・水資源専門部会の森下祐一部会長が「高速長尺先進ボーリングは水抜きのために使われる。
前方の地質がわかるとJR東海は説明しているが、岩中の一部がわかるが、地質のごく一部で、科学的なデータが得られるわけではない」などと難波市長の要請書に沿った発言をした。
その前日の29日の会見で、川勝知事が難波市長の要請書を取り上げ、「高速長尺先進ボーリングではなく、垂直でのコアボーリング調査を行う必要がある」と強調した内容と同じである。
ところが、その会合で、森下部会長の発言に対して、トンネル工学を専門とする安井成豊委員は「高速長尺先進ボーリングは調査ボーリングとして開発された。(森下氏は)誤解しているのではないか」などと専門的な知見を交えて反論した。
別の委員も「安井委員の主張はよくわかる。トンネルを掘る場合、科学的に議論するのがスタンスであり、地表から何本も(垂直でコアボーリングを)打つのはムリだ」などと、森下部会長の見解に異議を唱えた。
その後、この難波市長の要請書の内容を踏まえ、森副知事が2023年5月11日、「静岡県が合意するまでは、リスク管理の観点から県境側へ約300mまでの区間を調査ボーリングによる削孔をしないこと」とする要請書を送り、現在まで「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」が続いている。
県の対応に影響しない会見
一方、2023年4月、静岡市長に就き、政治家となった難波市長は、県のリニア対応への批判を始めた。副知事時代とは180度違い、静岡県の対応に異議を申し立てた。
そのいちばん最初の仕事が、自身の責任を痛感するとした「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」である。
難波市長は同年5月24日の会見で、「調査ボーリングの穴は小さい。これが300m先まで水を引っ張るなんて考えられない」と主張した。
さらに6月6日には、静岡理工科大学大学院客員教授(工学博士)の立場で、「山梨県内の調査ボーリング」のリニア問題に特化した異例の会見を開いた。
異例の会見を開いた理由は、県リニア専門部会への出席を県に断られたからだという。
その会見で、山梨県の調査ボーリングによって湧水が出る仕組みをダイコンやペットボトルを用意して、具体的にわかりやすく説明するパフォーマンスを行った。
難波市長は独自に行った計算式を紹介し、「県の主張には何ら正当性がないこと」を主張、テレビ、新聞が大きく取り上げた。
ところが、翌日の7日開催の県リニア専門部会で、難波市長の主張は全く相手にされず、森副知事は「静岡県の水が引っ張られる可能性は否定できない」などと従来の主張を変えなかった。
「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」は、難波市長だけではなく、山梨県の長崎幸太郎知事が「企業の正当な活動を行政が恣意的に止めることはできない。調査ボーリングは作業員の安全を守り、科学的事実を把握するために不可欠だ」などと静岡県の対応に危機感を示した。
長崎知事の強い怒りの声に、川勝知事は「水は誰のものでもない」などと今後、「静岡の水」「山梨の水」という主張はなしないと明言した。
それにも関わらず、川勝知事は「県境300mの断層帯付近で山梨県の調査ボーリングをやめろ」を主張し続けるとした。
特に、難波市長の厳しい指摘があったにも関わらず、森副知事は「山梨県の調査ボーリングをやめろ」をまるで既成事実かのように、今回の「引き続き対話を要する」事項に入れてしまった。
つまり、難波市長の2度にわたる記者会見など、県の対応に、何の影響もしなかったわけだ。
いちばん理解しているはずなのに
いったい、実効性のある対応とは何だったのか?
難波市長は記者会見を終えたあと、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」を全面的に否定する意見書を川勝知事宛に送ることができた。
もっと言えば、難波市長は直接、川勝知事に面会して、もの申すこともできた。なぜか、そのような実効性のある対応を取らなかった。
それどころか、2月16日の難波市長の会見で、「山梨県内の調査ボーリングをやめろ」は、今後何ら議論される機会もなく、いつの間にか自ら葬り去ってしまったようだ。
2月16日の難波市長の記者ブリーフィング(静岡市役所、筆者撮影)© 現代ビジネス
その上、難波市長はJR東海の環境影響評価を認める権限等を持たないのに、JR東海にムダな作業を求める発言を行い、新たな混乱まで巻き起こそうとしている。
今回のリニア協議で、難波市長は「トンネル工事の湧水量減少による高標高部山植物(お花畑)の影響をさらに議論すべき」と国の有識者会議とは異なる見解を示したのである。
2019年9月の県リニア専門部会のあと、記者の1人が「これだけ自然破壊になるのに、なぜ、リニア工事を進めるのか」とJR東海をただした。
これに対して、宇野護副社長は「失うものと得るものとを秤(はかり)にかけた上で、得るものがずっと大きいから」と答えた。そのことばがいまだに印象に深い。
「失うものと得るもの」とは何かについて、JR東海と地域振興と行政手続きの速やかな対応の協定を結んだ静岡市政のトップである、難波市長がいちばんよく理解しているはずだが―。