私はネコである。名前はもうない。

 

【142】マレーシアの自然を“破壊する”中国の巨大リゾート

末永 恵

2018/07/24 06:00

 

 「新米の医師だった私が人生で大きな影響を受けたのが、貧しい離島での医療活動だった」

 こう人生を振り返るマレーシアのマハティール首相。貧しい離島(当時)とは、マレーシア最北西部に位置するランカウイ島(ケダ州)のことだ。

 首都のクアラルンプールから空路で約1時間、シンガポールからも約1時間半で行ける100近い島々からなる群島で、マラッカ海峡に繋がる風光明媚なアンダマン海に浮かぶ。

 この海の南東部にランカウイ島とプーケット島(タイ)がある。

 ランカウイ島は、もともとはジャングル島といわれる離島だった。同州出身(ランカウイ島近くのアロスター生まれ)のマハティール氏が4代目首相(1981~2003年)の時代に、同島の観光開発を指揮し、アジア有数のリゾート地として発展させた。

 この夏休みにバカンスでランカウイに行かれる人もいるかもしれない。

 ユネスコ(国連教育科学文化機関)から2007年、アジアで初めて環境保全を提唱するジオパークに認定された(2009年、日本の糸魚川が認定される)。

 開発を島全体の35%までと限定し、透明度の高い青い海、豊かな熱帯雨林にマングローブや珊瑚礁など、手付かずの自然で訪れる人を魅了してきた。

 また、政府指定の免税島で、輸入品のブランド商品、ワインなどのお酒、自動車(ランカウイで購入し、マレーシア本土や海外に輸送するケースも多い)が格安なところも人気の高い理由だ。

 さらに、アジア有数のヨット、トライアスロン、自転車の国際レースやアジア太平洋最大の航空・海上展覧会(LIMA)などの観光誘致でも知られている。

 島で医師をしていたマハティール氏が、首相に就任した1980年代以降、ランカウイの観光誘致に力を入れてきた。

 豊かな自然を保全する一方、間接税の廃止、ビーチでの勧誘や物売りも禁止するなど、環境を損ねないよう工夫と配慮を凝らして発展させてきた。

 5月に政権交代させた総選挙では、地元、ランカウイ島から出馬し、勝利。世界最高齢(7月10日、93歳の誕生日を迎えた)の国会議員に就任するとともに、15年ぶりに、首相に返り咲いた。

 今でも選挙区で故郷のような同島には、毎月のように帰っている。

 6月末、地元での住民を招待したハリ・ラヤ(ムスリムの大祭)のオープンハウスの祭事で、「お国帰り」したマハティール氏に筆者は外国メディアで唯一、随行した。そして、久しぶりに目にしたランカウイの変貌に、驚かされた。

 「中国一の億万長者」と名を馳せた大富豪、王健林(ワン・ジェンリン)氏率いる中国不動産大手、大連万達集団(ワンダ・グループ)などが手掛ける一大開発プロジェクト計画が、この小さな離島に立ち上がっているからだ。

 ワンダ・グループ(以下、ワンダ)といえば、つい先日、1か月の死闘を終えフランスが優勝したワールドカップ(W杯)ロシア大会で、試合中やピッチ内で異彩を放っていた広告露出でご記憶の人も多いと思う。

 同社は2015年、スペインのサッカークラブ「アトレティコ・マドリード」の大株主に名乗り出て、国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長(当時)の親戚が経営する企業を買収するなど同会長一族と親交がある。

 そうした経緯もあり、2030年までのFIFAの最上位スポンサー(公式パートナー)として契約を締結しているのだ。

 今シーズンから、アトレティコ・マドリードの本拠地は、命名権の取得で「ワンダ・メトロポリターノ」と呼ばれるようにもなっている。

 今回のW杯開催期間中、中国企業による広告支出は8億3500万ドル(約910億円)で、2位の米国(4億ドル)や開催国のロシア(6400万ドル)をはるかに超える規模で、その筆頭がワンダだった。

 中国のコングロマリット(巨大複合企業)であるワンダは金融、インターネット、文化、商業の4大企業のほかに、上述のようなスポーツ、さらにはハリウッドの映画会社を買収するなど映画製作や不動産業の事業を世界中で展開してきた。

 中国人民解放軍の軍人だった王氏は、大連で不動産会社を起業し、急成長する中国経済による不動産バブルなどで資産を拡大。

 総資産は約260億ドル(約3兆円。中国の長者番付で3位のアリババ創業者、ジャック・マー氏に次ぐ4位の富豪。2017年末米フォーブス誌発表)とされている。

 ランカウイ島で計画されている一大複合施設の大開発は「トロピカーナ・チェナン」プロジェクト。

 (マラッカ海峡に繋がる)アンダマン海を臨む同島一等地で最も賑やかな観光メッカ、パンタイ・チェナン・ビーチ沿いに建設される超高層高級マンション(サービス・レジデンス)2棟(40階建のタワーAとタワーB)と5つ星のラグジュアリーホテル(350部屋収容)だ。

 しかも、同不動産は「フリーホールド(Freehold)」で、土地と建物所有権が、永久的にオーナーに所属することになっている物件だ。

 マレーシアの大手不動産開発会社「トロピカーナ」傘下の「チャナン・リゾート」と中国の建設業界大手の「神州長城(本社・北京)」が共同開発し、ワンダグループの「ワンダ・ホテル・アンド・リゾーツ」がマネジメントを担う。

 全体の敷地面積は約5.3ヘクタール、総工事業費約20億リンギ(約560億円)で、2022年末の完成を目指している。

 その中でも、ワンダ・グループが中心になって手掛けるのは、グループ傘下で中国最大の5つ星ホテルマネージメント会社「ワンダ・ホテル・アンド・リゾーツ」が運営・管理するラグジュエリーホテル「ワンダ・レルム・レゾート・ランカウイ」。

 同グループ傘下のワンダ・レルムのブランドホテルが展開されるのは東南アジアで初めてだ。

 350室の同ホテルが完成すれば、ワンダグループが所有、管理・運営する世界100のホテルの1つになる予定だ。

 しかし、この巨大な開発は、今も中高層ビルがなく、淡路島の約3分の2の大きさしかない小さなランカウイ島には似つかわしくない。島の自然環境だけでなく、景観も大きく変えることになるだろう。

 世界遺産に指定され、ジョージタウンなど歴史的な建築物やおしゃれなカフェやレストランで整然とするマレーシアを代表するもう1つのリゾート地、ペナン島と一線を画すランカウイ島の魅力は、何と言っても、手付かずの大自然だからだ。

 他と比べて、派手さで際立つ名所が少ないという人もいるが、サンゴ礁を抱える青い海に白い砂浜、何千年の時を経て今も息づく熱帯雨林にマングローブの森。そこは、プライスレスなマレーシアの古代から築かれた自然遺産が今も残されている大地なのだ。

 島の高級リゾート地は、これまで、海を臨む、島の奥深い熱帯雨林の山間に建てられ、欧州からの観光客がビーチで昼寝したり、読書にふけるといった、スローライフを極上のヴィラで楽しむバカンスがランカウイ島の極意だった。

 その極意を打ち破るかのごとく島の心臓部に、超高層ビルや高級高層ホテルを建てるというのだ。地元の人たちからは懸念の声も上がっている。

 「開発業者は地元経済に貢献すると言うけど、中国の大陸人向けに作られたのは明らか。マレーシアにとって何のメリットがあるのか。高級ホテルやマンションは、地元の我々が到底手に入れられない価格で、島の自然や景観を破壊することにもなる」

 地元選出のマハティール氏も「地元にメリットはない」と前ナジブ政権が決定した同プロジェクトを批判している。

 筆者は、日本のメディアで初めて、島で一番活気がある観光名所のパンタイ・チャナンにオープンした展示ギャラリーを取材した。

 同開発はいったい誰のために計画され、誰が恩恵を受けるのか。その開発の背景や中国との関わりを次回、ご紹介したい。

(取材・文 末永 恵)

 

シナ人を見たら生物兵器と思え!!