日本滞在中の中国人記者が台湾で物議を醸している

高橋 正成 : ジャーナリスト

2024年02月08日

2024年1月13日に行われた台湾の総統選挙に絡み、中国の大物ジャーナリストの発言が台湾社会で大炎上している。

そのジャーナリストとは、現在、日本に滞在中で国籍取得申請中と言われている王志安氏。彼が1月22日、台湾のネットトークショーに出演し、先の台湾総統選・立法院(国会)選で民主進歩党(民進党)から出馬した身体障害者の候補・陳俊翰氏を揶揄する発言や行動をした。これが大きな批判を呼んだのだ。

世論に敏感な番組スポンサーが1社1社と外れ、台湾の入国管理を統括する移民署は、王氏の5年間の入国禁止を決めた。理由は、観光目的で入国したにもかかわらずメディアの番組に出演してコメントしたことが関連規定に違反するためだ。

中国の「池上彰」が台湾で何を言ったか

中国版「池上彰」とも称される王志安氏は、かつてCCTV(中国中央電視台)で人気番組の調査記者および解説員を務めていた。学生の頃から中国共産党とは一定の距離を保っていたが、一方で国営放送に在籍したことで中国共産党の内部とプロパガンダに精通した記者だと言われていた。

日本や国内のマスコミにもよく知られ、過去にNHKなどからも取材を受けている。現在はフリージャーナリストとして日本を拠点にネットメディアで活躍している。

王氏は2024年1月の台湾総統選・立法院選の期間中に、海外在住の中国人として「観光」を理由に1年間有効のマルチビザを取得し台湾に入国した。自身のYouTubeチャンネルやX(旧ツイッター)で台湾社会の様子と感想をフォロワーに紹介していた。

大炎上したのは、その前段があった。彼が1月12日の投票日前夜の民進党集会に参加し、台湾人の若者に話を聞いた動画だった。

若者が「中国と中国共産党は切っても切れない関係にある」と発言すると、王氏はすべての中国人が中国共産党を支持しているわけではないと反論した。

それに対し若者は、「仮に民主化したくても、実現するのはいつになるのかわからない。中国人の中で覚醒してほしい。台湾を巻き込まないでほしい」と再反論した。

しかし王氏は「今の中国人の多くが共産党の統治を気に入っているわけではない」と食い下がると、若者は「Who cares?」と発言。それは彼らの問題であり「他国」のこと。自分は台湾本国のことにしか興味はないと言い切ったのだ。

台湾の若者が中国人に与えたインパクト

中国人の中では、国の在り方や民族問題は別だと考える人が多い。国を民主的に運営しようが、専制主義的に進めようが、個人のイデオロギーは棚に上げても一体化を希求しようとする。

つまり、民主派、リベラルな立場で中国の民主化には賛成でも、台湾との統一は「当然」と考えている場合があるのだ。方法論として武力を用いるのか、経済的に取り込むのか、あるいは静観するのかの違いしかない。

今日、中国政府が台湾問題でよく発する「台湾を統一することは14億人の思い」というものは、あながち虚構とも言い切れない。

一方で、現在の中国当局の締め付けは、人々により民主化とは何かを考えさせるムードになっているようだ。とくに民主派やリベラルな中国人の中には、今回の台湾の選挙は、中国における民主化の試金石のように扱われており、自らの思いもそこに重ねていた。

しかし、彼ら中国人の前提は多くが「統一」である。台湾の若者の発言は、そんな民主派の中国人らも唖然とさせただけでなく、中国民主化の最後の砦のように捉えていた台湾への思いも、完全に打ち砕くものとなった。

「同じ中国で、われらは中国人」という思いや、実は台湾人もそうだろうと信じていたことが、今の台湾の若者には全くないということが明らかになったのである。しかも映像を通して世界中に拡散されたのだった。

動画を視聴した中国人の一部からは「こうなったら武力でいいから急いで台湾を統一しなければならない」とのコメントが上がっていた。彼らのショックの度合いがどれほどだったか想像できるだろう。

さて、マイクを向けて若者に質問しているものの、この時点で王氏は記者活動をしているとは言い切れない。しかし「1人の海外在住の中国人が台湾でネットメディアによる取材をしている」と思われ始め、それまで王氏にあまり注目していなかった台湾人も目を向けるようになったのだ。

そのように王氏が注目を集めつつあった中で、事件は起きた。

王氏は1月22日、前述の台湾のネットトークショーに出演した。台湾に対する考えや選挙戦について問われると、民進党の選挙戦を批判。身体障害者である陳俊翰氏を担ぎ出し「同情票を集めている」と述べたうえに、さらに陳氏の話し方や動作をまねたりしたのだ。

今日、台湾が高度なインクルーシブな社会、多文化共生社会にあることは広く知られている。陳氏を揶揄した王氏の発言は瞬く間に台湾中を駆けめぐり、各界から王氏への批判が相次いだ。

「身体障害者候補は見せ物」と発言

政界でも与野党問わず議員が、その発言や行動は不適当であると指摘。王氏は一時は「自分は間もなく日本国籍を手に入れられる。“日本人”を入国拒否できないだろう」と強気な発言をしていたが、その後は陳氏へ正式な謝罪を申し入れた。

しかし、社会的責任や世論動向に敏感な一般企業はもっと直接的に動く。このトークショーのスポンサーだったドイツのベッドメーカーが出資中止を決定、さらに配車サービス企業もこれに追随したのである。

揶揄された陳俊翰氏は、脊髄性筋萎縮症(SMA、spinal muscular atrophy)を患いながらも、国際法や国際人権法、障害者政策などを専門とし、台湾ではこれらの分野で代表的な法律家だ。

台湾大学で会計学と法学を学び、同大大学院とアメリカのハーバード大学大学院、ミシガン大学大学院で法学修士、さらに同大で法学博士を取得している。

今回の騒動で陳氏は、「自身が揶揄されたことよりも台湾の民主的な選挙がたんなるショーのように思われたことについて受け入れられない」と発言している。

陳氏は、「そもそも中国は選挙の自由すらないのに、台湾の自由で民主的な選挙をあざける方がおかしい。王氏の認識は、もしかしたら中国社会の発展と関係があるのかもしれない。身障者が出馬するのはおかしい、自身の理念や考えを実現させる能力がないと考えられているのだろう」と皮肉交じりで指摘した。

さらに、「身障者が政権や政党の同情を引く道具だと思っているようだが、そんな理解や考え方は間違っている。台湾の自由と民主主義は三十数年の歴史があり、身体に障害があるか否かにかかわらず、年齢が一定以上であれば、どんな人も理念や考えを訴えることができ、自由に政治に参加する権利を有しているのだ」などとも付け加えた。

騒動は訴訟に発展

その後、陳氏はトークショー番組の編成や運営方法から、台湾社会にも依然として障害者への無理解があるとし、今回の事件を教訓としてほしいと語った。

王氏が謝罪し、陳氏も大人の対応をし騒動は徐々に収束していくかに見えたのだが、2024年1月30日、王氏は突如SNSで台湾移民署の入国禁止措置に不満があるとして、代理人を通して同署を訴えると投稿したのだった。

王氏はメディアに出演したが報酬を得ておらず仕事ではない。また、多くの外国人、さらには在外中国人が選挙ウォッチのために入国しており、自分だけが処分を受けるのは不当だと訴えた。

陳氏への差別的言動から、当局による政治的迫害への第2ステージに入ったと言える。

一方、陳氏への差別的言動では、立場に関係なく王氏を批判していた台湾の人々。今回の訴えに対しては王氏に賛同する人もいる。司法の場でどのように議論され、判断されるのか。今後の動向に注目していきたい。