「上下分離方式」を採用した欧州

 1987(昭和62)年4月1日、国鉄は旅客会社6社と貨物会社に分割され民営化された。それまで、国鉄というひとつの会社によって運営されてきた鉄道は、この日から地域ごとに分けられ、それぞれ別の会社として運行されることになった。

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 民営化以降、JR各社はそれぞれ独自性を打ち出し、国鉄時代と比較して特にサービス面などは大幅に向上したが、地域によって競合交通機関や沿線人口の数などに大きな差があり、現在北海道や四国、九州は厳しい経営環境にさらされている。

 日本のような地域分割ではなく、列車の運行とインフラを分割する

「上下分離方式」

を採用したのが欧州だ。国もしくはそれに準ずる機関が線路などのインフラを保有し、鉄道会社は走行距離や連結する車両数に応じて線路使用料を支払うというシステムで、鉄道会社が安定した列車の運行をできるメリットがある。

 欧州地域における上下分離方式は、欧州連合(EU)が主導して加盟各国へ働きかけたものだが、それは単に「各国鉄を上下分離して民営化させる」ということがゴールではなく、その先の

「オープンアクセス法施行」

が最終的な目標だった。

「オープンアクセス」とは何か

2社以上が切磋琢磨する相乗効果で鉄道利用者が大幅に増加したイタリアはオープンアクセスの成功例のひとつ(画像:橋爪智之)

2社以上が切磋琢磨する相乗効果で鉄道利用者が大幅に増加したイタリアはオープンアクセスの成功例のひとつ(画像:橋爪智之)© Merkmal 提供

 オープンアクセスとは、一定の条件を満たせばどのような会社でも自由にその市場へ参入が可能というもので、欧州の線路を広く市場に開放し、利用客は自分の価値観に合った会社の列車を選択できる、というものである。

 少々強引な例となってしまうが、東京~名古屋~大阪の東海道本線の線路に、JR東海のみならず、小田急と近鉄、それに名鉄までもが参入して、それぞれ料金やサービス、所要時間などが異なり、利用客は自分の好みに合った鉄道会社を利用することができる、というようなものだ。航空・バス業界で、すでに行われている仕組みを鉄道に導入したといえる。

 このオープンアクセスによる民間企業参入を日本でも有名にしたのが、イタリアの高速列車イタロだ。民間出資のNTV社が運行する高速列車イタロは、それまでイタリア国内の鉄道運行を独占してきた、旧国鉄系企業トレニタリアの牙城へ割って入り、それまでになかった斬新なサービスや低廉な価格で利用客の心をつかんだ。

 危機感を抱いたトレニタリアは、同社の旗艦列車であるフレッチャロッサのサービスや価格を全面的に刷新し、これに真っ向から対決を挑んだ。結果として、ミラノ~ローマ間の鉄道利用客数は相乗効果によって大幅に増加、航空会社が苦境に陥り撤退が相次ぐ事態となった。このイタリアの事例は、オープンアクセスの成功例として常に語られる。

レギオジェットの挑戦

充実した車内サービスが好評を博し、チェコ鉄道から利用客を奪ったレギオジェット(画像:橋爪智之)

充実した車内サービスが好評を博し、チェコ鉄道から利用客を奪ったレギオジェット(画像:橋爪智之)© Merkmal 提供

 チェコのレギオジェットも、同国の鉄道市場に大きな変革をもたらした。

 レギオジェットの親会社スチューデント・エージェンシーは、同社社長のラディム・ヤンチュラ氏がまだ学生だった1993年に設立、当初は学生向けの小さな旅行会社だった同社は、高速路線バス事業に参入してから急成長。2011年にレギオジェットブランドの都市間特急列車の運行を開始した。

 同社は旧国鉄系のチェコ鉄道と比較して、座席の種類やサービス内容によって異なる運賃や、各車両に配備された客室乗務員によるサービスが特徴で、最上級のビジネスクラスは4人用の個室が用意され、ウエルカムドリンクとしてスパークリングワインが提供されるほか、乗車中はいつでもコーヒーや紅茶を無料で注文できる。

 一方で一番安い「ローコスト」運賃では、ビジネスクラスで提供されるようなサービスは全て省略されるが、非常に安い価格が魅力となっている。レギオジェットの参入は、イタリアの時と同じような結果には至らず、チェコ鉄道から乗客を奪う形となってしまい、チェコ鉄道の巻き返しが期待される。

 高速路線バスの会社として有名な、フリックスバスの鉄道版であるフリックストレインは、ドイツ鉄道が独占してきたドイツ国内の鉄道事業へ参入。

 ドイツ鉄道の高速列車ICEに対して、旧来の客車列車で営業を行う同社は、所要時間の面ではドイツ鉄道に一歩譲るが、運賃の安さで人気を博し、若者を中心に多くの利用者があり、路線網や運行本数の拡大が計画されている。いわば鉄道版の格安航空会社(LCC)である。

「上下分離」のデメリット

高額なドイツ鉄道に対抗し、低価格戦略で若い人を中心に人気を誇るフリックストレイン(画像:橋爪智之)

高額なドイツ鉄道に対抗し、低価格戦略で若い人を中心に人気を誇るフリックストレイン(画像:橋爪智之)© Merkmal 提供

 上下分離の良い点ばかりを話してきたが、マイナス面がないわけではない。

 インフラ会社は、元々旧国鉄系の会社で、同系の旅客会社とは強い関係性も持つ。脅威となる民間会社が路線開設を申請した際、インフラ会社がいろいろな理由を付けて運行開始に待ったを掛けたり、停車駅や運賃設定に関して異議申し立てを行ったりした例が、過去にいくつもあった。

 前出イタロのデビューは、計画から1年遅れたが、その理由は試験走行中に異常振動を記録したこととされている。しかし、当時は

「何らかの横やりがあったのでは」

といううわさが飛び交っていた。一方にだけ不利益とならぬよう、第三者的な立場からのきちんとした監視の目が必要といえる。

 

赤字ローカル線は上下分離も一つの選択肢!!