「電気代はタダ同然に」人類の夢・核融合発電はついに実現するか 京都大学発のスタートアップも世界トップクラスの技術力で開発中

 あと20年で実現する─このスローガンが半世紀以上前から掲げられ、まだ実現していないのが、水素の原子核などの融合を利用して電気を生み出す「核融合発電」だ。燃料1グラムから石油8トン分の熱量を得られる。その燃料は地球に無尽蔵にあり、電気代はタダ同然になる。数万年の管理を要するたちの悪い放射性物質も出さない─。こんな魅力的な売り文句に掻きたてられた期待は何度も裏切られた。

ITERの副機構長に就任した鎌田裕氏 ©時事通信社

ITERの副機構長に就任した鎌田裕氏 ©時事通信社© 文春オンライン

「今度こそ」の期待がふくらむ核融合発電のスタートアップ企業

 しかし近年のスタートアップの動きを見ると、今度こそとの期待が膨らむ。最も野心的な計画を打ち出しているのは米ヘリオン・エナジーだ。2028年にはなんと売電をはじめるという。米マイクロソフトは23年5月、同社と核融合発電では世界初の電力購入契約を締結した。

 核融合発電は、軽い元素の原子核同士が融合し、重い原子核に変わる核融合反応を利用する。反応を起こすには気体にエネルギーを加えて原子から電子をはぎ取り、プラズマ状態にした上、むき出しの原子核同士を衝突させなければならない。ところが原子核はプラスの電荷を持っているので他の原子核と近づくと反発する。激しくのたうつプラズマをいかに制御し、効率的に原子核同士をぶつけるかが核融合発電の最大のポイントだ。

 

 ヘリオンが開発中の試作機ポラリスは、高さ2メートル、長さ12メートルの筒状の形をしている。両端で高温のプラズマの雲を発生させ、リニアモーターカーと同じ仕組みで(炉の周囲の磁石のN極とS極を高速に切り替えて)中央の凹んだ部分に走らせ衝突させる。それによりプラズマの温度が上がり、密度も上がって瞬間的に核融合反応が起こる。そのエネルギーでプラズマが膨張し、磁場が変化する。この磁場変化を利用して電力を得る構想だ。24年中に投入エネルギーを上回る出力を得られるか検証し、新たな炉を建設して28年に稼働させる予定だ。

 ヘリオンに数年遅れの30年代初頭の商用炉稼働を目指しているスタートアップが、マサチューセッツ工科大学発の米コモンウェルス・フュージョン・システムズ(CFS)だ。同社が開発する核融合炉はトカマク式に分類される。この方式の典型的な形はドーナツ型で、内部でプラズマに電流を流して高温にする一方、見えない「磁場のカゴ」でプラズマを閉じ込め、核融合反応を起こし、生じたエネルギーをブランケットと呼ばれる熱交換器で熱に変換。その熱を用いて水蒸気でタービンを回し、電力を取り出す。

 トカマク式は1950年代に旧ソ連で開発され、その後も継続的に改良が重ねられてきた。ヘリオンが、新規性が高く、未知の要素が多い方式での一発逆転を目指しているのに対して、CFSは手堅い戦略を取っていると言える。

 フランス南部で建設中の国際熱核融合実験炉(ITER)でも、トカマク式が採用されている。ITERは完成までに約6兆円が費やされる見込みだ。このような資金力で圧倒する国際プロジェクトが進行中にもかかわらず、なぜスタートアップが次々と生まれたのか。

トラブルに見舞われ、どんどん遅れる完成目標

 主な理由は同プロジェクトの遅延だろう。当初は13年に建設完了、16年には核融合実験をはじめる予定だった。しかし何度もトラブルに見舞われ計画変更を余儀なくされた。近年の完成目標は25年だったが、さらに遅れる見込みだ。

 ITERが遅れると次のDEMOと呼ばれる原型炉の建設も遅れる。ITERではあくまで核融合反応で十分なエネルギーを得られるかを確かめるだけで、発電できるかはDEMOで検証する。DEMOに必要なのが、先に述べたブランケットなど周辺機器だ。DEMOのために周辺機器を開発していたものの、ITERの遅延で、研究成果を活かす機会を失った研究者たちは焦りを感じたに違いない。彼らの一部がスタートアップ設立の道を選んだのではないか(なおDEMOの建設を前倒しする動きもある)。

 

 またITER設計時にはなかった技術を後発組は利用できる。プラズマの振る舞いを精密に予測するコンピュータの高機能化や超電導磁石のパワーアップは、プラズマ制御の可能性を一挙に広げた。

 先ほど挙げたCFSの強みは、ITERが使わない高温超電導線材の使用に関するノウハウを持っている点。これを活かし、強力な磁場の発生でプラズマをギュウギュウに縛って制御する。そのおかげで同社の核融合炉は設計上、ITERの5分の1ほどと小さく済んでいる。

 50年時点で温暖化ガスの排出実質ゼロを目指す「パリ協定」が15年に採択されたのも追い風になった。脱炭素技術に注目する投資家の資金が核融合スタートアップに流れ込む契機を作ったからだ。ヘリオンにはChatGPTを世に送り出したOpenAIのサム・アルトマン、ペイパル共同創業者のピーター・ティールなどが、CFSにはマイクロソフト創業者のビル・ゲイツが代表を務めるファンド、イタリアの石油大手エニなどが出資する。

日本でも京都大学発の核融合スタートアップが

 日本にも核融合スタートアップが生まれている。京都大学発の京都フュージョニアリングはブランケットや、核融合反応を邪魔する物質を排出するダイバータ、プラズマを加熱するジャイロトロンなどの技術を開発する。23年3月には英国原子力公社に対し、ブランケットの素材などを開発する協定を結んだ。他にも大阪大学発のエクスフュージョンがトカマク式と並ぶ代表的な核融合の方式であるレーザー核融合の商用化を目指している。炉そのものを開発するところが欧米には多いが、炉は目指さずあえて周辺機器に絞って開発に取り組んでいるのが日本の特徴だ。炉の方式は多種多様だが、周辺機器は共通する場合が多いので賢い戦略と言える。

 ヘリオンやCFSが成功すればさらに各企業の取り組みが加速するはずだ。この1、2年が核融合発電の未来を占う上で重要な期間になるだろう。

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2024年の論点100 』に掲載されています。

(緑 慎也/ノンフィクション出版)