自国の半分以下の学費が「中国脱出組」には魅力

舛友 雄大 : 中国・東南アジア専門ジャーナリスト

2023年12月28日

東京を中心として、日本のインターナショナルスクール(以下、インター)に中国人が殺到している。

「先日アメリカンスクール・イン・ジャパン(東京都調布市)の説明会に行きましたが、参加していたのは8割がた中国人のようでした」。インター受験生・在校生専門の学習塾EGCISの斎藤幸塾長は語る。

斎藤氏によると、日本のインターナショナルスクールに通う中国人が目立ってきたのは5年ほど前から。今では、EGCISには中国人保護者から週1回のペースで問い合わせが来ており、その中には中国大陸から直接というケースも多い。

「上海、北京、広州といった大都市に在住していて、親は英語や日本語も話せる裕福な家庭」という共通点があり、日本に来てすぐにレッスンが始められるよう希望する保護者もいるとのこと。EGCISでは在校生の約10%が中国系となっている。

このトレンドは、コロナ禍以降に顕在化した中国から脱出する「潤(ルン)」という動きと密接に関係している。「潤」とは、さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指す。もともと「もうける」という意味だが、中国語のローマ字表記であるピンインではRunと書くことから、英語の「逃げる」とダブルミーニングになっている。

中国のアッパーミドルが日本を目指す理由

日本に「潤」してくる人々はいくつかに分類可能だが、そのうちの一つが中国の大都市に住むアッパーミドルクラスの子持ち家庭だ。

2023年に上海から日本に移住してきたばかりの郭さん(仮名、48歳)はその典型例。東京で仕事が見つかったことで、妻と息子を連れ日本へ拠点を移すことを決意。その息子は、都内のインター4校については不合格だったり条件面で折り合わなかったりしたものの、最終的には横浜のインターに通うことが決まった。

上海のインターでの同級生の家庭も、カナダ、アメリカ、ニュージーランド、オーストラリアなどへ次々と移住していると証言する。2022年から2023年にかけて、同じクラスの生徒の3分の1が中国を去ったという。

2022年春に上海で厳しいロックダウンが実施されたことがトリガーとなった。「上海は中国で最も国際的な大都市であるという認識が崩れました」と郭さんは話す。いつ出国に制限がかけられるかわからないという危機感から、子どもの卒業を待たずに海外移住すべきだという考え方が保護者の間で広まったとのこと。遅きに失するよりはいいというわけだ。

そのほかにも、中国で近年強化される教育への締め付けが大きな要因となっている。郭さんの息子の通っていたインターでも政治思想の授業が中国語で強制的に実施されるようになった。

2022年には上海市の一部で、インターを含めた私立校に通う学生の比率を全体の5%まで引き下げる方針が示された。

中国のインターは「貴族学校」

そもそも、中国でインターはどのような位置づけなのか?「潤」してきたばかりで息子を東京23区内の公立小に通わせる中国人ジャーナリストによると、中国のインターの中には、「貴族高校」と言われ、施設こそいいものの教育の質が学費の高さには追いつかない学校が少なくないそうだ。

娘(グレード3、小学3年に相当)が都内有名インターに通う中国人女性は、「特にコロナ後、中国人の比率が大きく伸びました」と言う。競争率が相対的に低いプリスクール(インターナショナルスクールの中でも未就学児を対象)で特に増えているとのことだ。

別の中国人女性は、娘(グレード10、高校1年に相当)が通う横浜のインターでは、中国人の比率が(内規で出身国別の上限に定める)25%に近づいていると話す。「保護者用のWeChatグループに新しいメンバーが次々と入ってきています。みんな小学部低学年の保護者ですね」

中国における「日本インターブーム」を受け、すでに中国人向けのコンサルティングサービスが誕生している。

そのコンサルは、1対1の相談を1時間当たり788元(約1万6200円)で請け負う。また、「年間プラチナVIP」という最上級コースには、学校選び、学校参観の予約、時間無制限の相談、志願書作成の代行、保護者または子どもとの英語面接といったサービスが含まれ、料金は1万8000元(約37万円)。

決して安くない金額だが、それでも中国版インスタといわれるSNS、「小紅書」を通じた問い合わせが尽きないそうだ。

実は、日本に「潤」したばかりで日本語がほとんどできない前出の郭さんもこの「年間プラチナVIP」を利用した。郭さん自身がそうであるように、「潤」でやってくる面々には日本の事情に詳しくない人が数多く含まれている。みな必死なのだ。

そのコンサルを経営する中国人女性は「上海ロックダウン以降にお客が激増し、5倍とか10倍になりました」と話す。2023年の夏からは別の中国人ママをアシスタントとして雇ったほどの盛況ぶりだ。

日本のインターの学費は中国の半分

日本のインターの学費が安いのも人気の一因となっているようだ。「中国のインターと比べると学費が半分くらいです」。ちなみに、この経営者の子どもも、東京都内にある有名インターに通っている。

中国版インスタの小紅書に投稿されたある人気ショート動画では「日本のインターの学費は高いと思うでしょう? いや高くないんです」と紹介されている。

実際、International Schools Databaseの世界76の都市を対象としたインター年間費用ランキングで、北京は2位、上海は3位となっており、中央値はそれぞれ3万6243ドル(約544万円)、約3万4126ドル(約512万円)。東京は20位で1万5254ドル(約229万円)。つまり半額以下なのだ。

いまのところ、都内の人気インター校ではまだ中国人の比率はそれほど上がっていない。中国人保護者の立場からすると、競争率の高い都内有名インターは「チャレンジ受験」。横浜など近隣都市のインター、もしくは東京や地方の新設校への進学が現実的なチョイスとなっている。

ただアメリカンスクール・イン・ジャパンは筆者の取材に、「過去10年で中国のパスポートを保有する生徒の申請者・入学者が増えました。2013年〜2014年度は中国のパスポートを保持する生徒で入学したのは2人でしたが、2023年〜2024年度は23人でした」としている。

岩手で全寮制のインターも開校

2022年には岩手県八幡平市に、全寮制のハロウインターナショナルスクール安比ジャパンが開校した。日本のメディアでは、同校は450年の歴史を持つイギリスの名門校ハロウスクールの「姉妹校」であると報じられている。

7年生(日本の中1に相当)で入学し、日本への留学ビザが必要な場合、初年度の諸費用は、出願料、入学料、入学保証金を合わせて167万4000円、そこに年間の学費870万2250円を足し、計1037万6250円となる。都内のインターと比べてもかなり高額だ。

香港を拠点とするハロウインターナショナルスクールはタイ・バンコクにも校舎を構えるが、北京(2005年開校)、香港(2012年開校)、上海(2016年開校)、重慶、海口、深圳、南寧(いずれも2020年開校)と、中国で事業を急拡大してきた。

安比校は現在の中国人比率について、台湾や香港の出身者を含めて30%程度だと公表している。ただ、学校スタッフによると、これから中国人比率は高くなっていく見通しとのことだった。

日本人が気づかぬ間に熱を帯びる中国人インター受験戦争。日本のインターの歴史を振り返ると、バブル期には多くの外国人駐在員が子息を通わせ、その後の経済停滞期には日本人生徒が多く通うようになり、近年では日本人富裕層の間でも人気が高まってきていた。だが今後はまた別のフェーズに突入し、中国脱出組が主要な顧客になっていくだろう。

「日本のインターへ行く中国人の数は、習近平が死ぬまでは増え続けるでしょうね」中国で学校法人を運営する有名な教育者は呆れ顔でそう話す。隣国から富裕層が安心で安価なインター教育を求めて移住してくるトレンドはしばらく変わりそうにない。