自民、公明、国民民主3党の政調会長は、11月30日、ガソリン税の軽減のための「トリガー条項」の凍結解除について協議した。その結果、この問題を年内の自民、公明両党の税制調査会(税調)の議題としないことが確認され、やるかやらないかは、岸田政権のトップダウンに委ねられたことになる。

自民党の政調会長である萩生田光一氏は「(ガソリン価格の激変緩和措置の継続について)こういう制度をやっているのは日本ぐらいだ。脱炭素などを考えれば、ある程度金額的に国民に慣れていただくことも必要ではないか」とガソリン価格の抑制に後ろ向きな発言をした。この「ある程度金額的に国民に慣れていただくことも必要ではないか」という発言が、「ガソリンが高いなら慣れればいいじゃない」と”意訳”され、ネットニュースやXで拡散された。

 

元プレジデント編集長で作家の小倉健一氏は「萩生田光一氏の真意は、国民の期待値調整にあったのではないか」というーー。

国民に「今の(高い)ガソリン価格に慣れればいい」と言い放った萩生田アントワネット

「ある程度金額的に国民に慣れていただくことも必要ではないか」という発言について、この意訳から、フランス革命の時代にマリー・アントワネットというフランス王妃が「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という発言をしたとされるエピソードをもじって、「萩生田アントワネット」と揶揄されることもあった。マリー・アントワネットが実際にこの発言をしてはいなかったのだが、貴族階級の感覚の鈍さと民衆の苦しみに対する無理解を象徴する逸話として広く語られてきた。

実際のところ、マリー・アントワネットは、母に対して、<「出産も婚礼もいっぺんにお祝いするはずなのですが、祝典はごくささやかなものになる予定です。お金を節約するためです。でも、一番大切なことは、民びとにたいしてお手本を示すことです。パンの値段が上がってたいそう苦しんでいるからです。でもうれしいことにまた希望が湧いてきました。麦の育ち具合がとても順調だったものですから、収穫のあとはパンの値下がりが見込まれているのです」/この手紙からは、節約を心掛け、民衆の生活に気を配る人柄が滲み、「パンがなければ~」の言葉とは正反対のマリーの姿が浮かび上がります。>(遠藤 雅司『「ケーキを食べればいいじゃない」はデマ? 実は節約家だったマリー・アントワネットの“夕食会メニュー”を再現』文春オンライン・2月7日)というから、マリー・アントワネットは、ずいぶんな風評被害を受けていることになる。

萩生田アントワネットの真意は国民の期待値調整ではないか

では、萩生田アントワネットと揶揄された、萩生田氏の真意はどこになるのだろう。

萩生田氏は、岸田政権の最近続く支持率の低迷について、こうコメントを出している。「(岸田首相の政策の発信の仕方について)予告編が長くて、中身がちょっとミスマッチ。国民は違和感があると思う」「(定額減税について)『還元』という言葉を使った後、ご本人はずっと黙っていた。出てきたものに対して、期待値が国民と合わないことがある」

この発言を通して、萩生田氏が何を言いたいかというと、岸田首相は、「減税」「還元」という言葉を使って、有権者の期待を煽り続けていた期間がある。これは、長崎4区で実施された衆議院議員の補欠選挙の際だ。見事に、長崎4区では自民党候補は勝利したわけだが、選挙投票日を経て、岸田政権から出された「減税」は、1人あたり所得税3万円と住民税1万円、あわせて4万円だった。ものすごい金額の減税なのかと思いきや、4万円という額に国民はがっかりしてしまったのだと萩生田氏は分析しているのだろう。

 

【国会論戦】ガソリン価格「トリガー条項」は? 野党「消費減税を検討すべき」

たしかに、萩生田氏が副官房長だった時代の安倍晋三首相の「演出力」は見事なものだった。軽減税率の創設をめぐって、真っ向から反対する野田毅税調会長(税制調査会長、当時)を官邸に呼びつけてはカンカンに怒らせて帰らせるようなことをわざわざメディアの前で見せつけていた。当時幹事長だった谷垣禎一氏も仲裁に入ったが実らず、谷垣氏も不快感をメディアに見せていた。最終的に、野田氏は税調会長を更迭するまでに至ったのだが、この騒動は、国民の目にどう映ったのだろうか。「党内にある強烈な反対を押し切って軽減税率を成立させたのは安倍首相だ」というイメージが強く残ったものだ。

萩生田氏は防衛費防衛増税について「来年はやらない」と言っていて物価高に苦しむ国民に寄り添う姿勢も見せている

しかし、今回の減税案については、誰も強い反対はなかった。現在の税調会長である宮沢洋一氏は、財政再建論者であり、野田氏と政策的立ち位置にありながら、表向き「歓迎」の意を表明した。その後、「減税期間は当然1年ということに、ならざるを得ない」「法人税率を上げることによって、(国内投資をする企業への)減税効果がさらに大きくなっていくなどと(訳のわからない)発言をしており、宮沢氏の増税志向は明らかだろう。

であるならば、必死で努力したことを国民に見せろということであろう。宮沢氏を水面下で説得するのではなく、国民の前で怒らせるぐらいの議論はできたはずである。宮沢氏が怒らないような「減税」など、本物の減税ではないということになる。

 

今回の「しょぼい」とも言われた「定額減税」について、先述のとおり宮沢氏は「1年限り」としているが、萩生田氏は「1年限りと決定しているわけではない」と国民負担を減らす方向での主張を続けている。萩生田氏は防衛費の大幅増額に伴う大増税にも「これから減税策を考えるのに来年から防衛増税をやるのは国民にわかりづらい話だ。来年はやらない」とも述べていることから、この主張も同じく国民負担を減らす方向だ。

ポスト岸田の本命は萩生田光一だ

萩生田氏は、過去にも消費税10%の延期を示唆する発言を行なっていることもある。今回のガソリン価格の高騰を是とするような「萩生田アントワネット」発言に対して、私は、非常に違和感をもって受け止めた。

派閥(安倍派)の裏金問題でゴタゴタする中、混乱して失言してしまったのか。それとも、私が勝手な妄想で萩生田氏にいいイメージを持っていただけなのかはわからない。国民の一部には根強い反対論がある中、萩生田氏は経産相時代に、原発再稼働を強烈に推し進めていた。そんな骨太の政治家には、ポスト岸田を見据えて、早く原点回帰をしてもらいたい。

萩生田氏の試金石ともいえるのが、来年1月21日投開票の八王子市長選挙だ。八王子市は萩生田氏の地元であり、絶対に負けられない戦いでもある。岸田政権の圧倒的不支持の中、選挙戦を迎えつつあるという劣勢を跳ね除けられるのだろうか。現職の石森孝志市長が引退を表明し、元都民ファの都議と自公が推薦する元東京都職員が立候補を表明し、情勢は混沌としている。ここに勝利すれば、来秋に予定される「ポスト岸田」争いに、大きな勢いをもたらすのは間違いなさそうだ。