いつか起きると思っていた。9月13日午後4時半ごろ、埼玉県さいたま市の通所介護施設「ビッグスマイルリハビリセンター」の駐車場で、75歳のドライバーが運転する送迎車が施設玄関前のスロープに乗り上げ、施設利用者の無職男性(89)、無職女性(88)、施設職員の男性(43)を次々とはねた。送迎車の下敷きになった利用者2人は間もなく死亡、施設職員は軽症で済んだという。

こう書くと「40代施設職員が身を挺して80代老人を救わなかった、ケシカラン」と施設や役所に苦情が殺到する、恐ろしい世の中になった。

今まで高齢ドライバーの運転による送迎車死亡事故が起きなかったのは、奇跡だったと言っていい。通勤通学途中に「老人施設の送迎車」が集団登校中の小学生の列に突っ込みそうになる「ヒヤリ、ハット」を見かけたことはないだろうか。交差点で一時停止しない、片側一車線の車道に違法駐車する、マンション入り口に車をつけるなど、運転マナーがメチャクチャだ。

どんな人が運転しているのか。事故が起きた施設の求人を見ると、ドライバー職は常に募集している。雇用条件は「時給1030円から1100円」「高齢者の乗降補助や車椅子への乗せ込みなどの軽介助もある」とある。さいたま市のハローワーク紹介案件だ。

この施設の雇用条件は、平均的なもの。老人施設のドライバー職は通常、送迎の数時間分しか時給をもらえない。日当4000円から6000円程度の薄給では生活などできないから、60代以下の健康な男性はそんな求人には見向きもしない。おのずと求人応募者は、年金だけでは生活できない高齢者に限られる。

75歳を過ぎ、視力も反射神経も体力も衰え、介護老人と大して変わらない己の老体に鞭打って、朝7時から出勤する。食料もガソリンも光熱費も値上がりしているから、生きるために働かなければならない。

しかも、ハローワークの求人は嘘だらけ。車椅子に乗った老人を車に乗せるのは「軽介助」などではない。車椅子は最軽量のものでも20キロほどあり、リクライニング機能などがついた電動車椅子は40キロ以上。そこに「動かない寝たきり老人」が座るから、総重量は100キロを軽く超える。

エレベーターが付いていない公営住宅やアパートに高齢者を迎えに行く場合は、高齢者をおぶり、車椅子を担いで階段を上り下りしなければならない。75歳の後期高齢者が80代の高齢者を担いで階段を上り下りする。地獄絵図だ。

このままでは健康な高齢者が生活を維持できない。要介護の高齢者に過剰な延命治療を施すのは、世界広しといえど日本だけ。イギリスなどは「平均寿命を超えたら、国が医療や老人福祉を施す義務はない。老人が高度医療を受けたいなら全額自腹」「平均寿命を過ぎて治療費を払えないなら、寿命がきたということ」という徹底した医療費緊縮に舵を振り切っている。

そのイギリスよりも日本は平均寿命が長く、高齢化が進んでいる。イギリス並みに医療費を緊縮すれば、年金生活者の健康保険料、介護保険料の支払い負担が減って、いくぶん暮らしが楽になるだろう。

病んだ老人を延命させて、受け入れ先の介護施設は健康な老人に重労働を強いる悲喜劇。日本では「子供を産むことも罰」だし「健康で歳をとることも罰」。増税前に老人医療の全面廃止こそ、待ったなしだ。

(那須優子/医療ジャーナリスト)