福島原発の処理水放出問題で中国の税関当局が日本からの輸入水産物の検査強化(全面的な放射線検査)に乗り出した。その影響で大量の鮮魚などが中国国内の税関に留め置かれている。中国向けの水産物輸出は拡大の一途だったが、思わぬチャイナリスクに見舞われることになった。
増え続ける中国向け水産物輸出
昨年、農林水産物・食品の輸出は過去最高の1兆4148億円となった。そのうち水産物は3873億円。もっとも多いのが乾燥、生鮮、冷凍などのホタテで、前年比4割増の約910億円と過去最高を記録した。そのほかではブリ362億円、真珠238億円、サバ188億円などだ。ホタテ輸出は2012年からの10年間で約5倍に膨らんだ。
注目は中国向けだ。水産物輸出のうち、中国向けは871億円と約3割を占める。やはり多いのはホタテで467億円(調整品を除く)。ホタテ輸出額全体の約半分が中国向けということになる。
中国向けのホタテ輸出は、わずか50億円だった2012年から、10年間で9倍超に急拡大した。干し貝柱は高級食材として人気があり、殻付きの生鮮ホタテは刺身や寿司ネタとして北京や上海に空輸もされている。
中国の食生活の多様化や日本食ブームに伴い、日本産ホタテの需要は高まる一方だった。コロナ禍でいったん、その動きに歯止めがかかったが、2021年以降は再び引き合いが増えている。2022年の中国向けホタテ輸出は、前年比4割近い増加だった。
中国向けホタテ輸出の6割超が北海道産である。道産ホタテの2022年の輸出額は前年比41.6%増の596億円と過去最高となった。北海道全体の水産物生産高に占めるホタテの構成比は約3分の1。サケやサンマ、イカの不漁が続くなか、ホタテは北海道にとって稼ぎ頭なのである。
今回の中国側の措置は、名目は全面的な放射線検査という検査強化だが、水産物は鮮度が命だけに、冷蔵品で2週間、冷凍品で1カ月という長期間の税関留め置き措置は、事実上の禁輸に等しい。
すでにチャイナリスクの影響
ホタテ輸出の事情に詳しい水産関係者に話を聞くと、すでにさまざまな影響が出始めているという。
「中国の税関当局の対応が強化されたということで、輸出をしにくい状況になっています。そのため在庫が増え、市況に影響が出始めています。昨年の同じ時期に比べると2、3割ほど下落していますね。この価格下落で国内消費が増えればいいのですが、どうなりますか」(道内の水産関係者)
北京など中国国内の日本食料理店では、ホタテやブリなどの入手がままならず、日本産をあきらめるケースが出ているという。逆に、日本側の業者が輸出を断念するケースも散見される。
生産地の状況はどうなっているだろうか。水揚げ量日本一に何度も輝いた日本有数のホタテ生産地で、「東京都区部と並ぶ平均所得を誇る村」として知られるオホーツク海に面した日本最北端の村・猿払村。
2022年の猿払村漁協の取扱高は128億4100円で過去最高となった。そのうちホタテが106億7700万円を占めている。猿払漁協では4月から5月上旬にかけて毎年、約2億5000万枚の稚貝を放流し、海の中で4年間育てる。漁のシーズンは3月中旬から11月末。最盛期は6月から8月というから、今がまさにピーク時だ。
水揚げされたホタテは冷凍貝柱や干し貝柱に加工して出荷する。冷凍はマイナス40度の急速冷凍だ。干し貝柱の加工期間は天日干しなど40日間に及ぶ。こうしたプロセスを経た加工ホタテは、輸出にも回される。
人口約2700人の猿払村の年間予算(一般会計)は約54億円。漁協の取扱高年間100億円超のホタテ漁の存在感は歴然だ。村役場の担当者に今回の影響について聞いてみたが「今のところ漁組(漁業組合)さんからもそういった話はなく、輸出も中国だけではないのでそう大きな影響はないのではと受け止めています」とのことだった。事態が長期化、悪化しないことを願うばかりだ。
中国依存からの脱却、輸出先分散がカギ
今回の中国側の対応について松野博一官房長官は規制の早期撤廃を求めていく考えを強調したが、そう簡単に応じる国ではない。政治的なリスクが高い国への輸出、あるいは当該国からの輸入の割合、依存度が高くなりすぎると、今回のような事態に対応しきれない。
中国向けのホタテ輸出はコロナ禍でも大きな打撃を受けた。中国国内の行動規制などの影響で、2020年の2月には、ホタテを含む甲殻類、軟体動物の函館税関からの輸出が5割以上落ち込んだこともあった。
ただ、ホタテの中国向け輸出が増えたのはここ数年のことだ。
「かつてはホタテの輸出先トップといえばアメリカでした。中国がトップになったのは2015年以降です。中国国内のホタテ需要に加え、中国の業者が日本産を輸入して、それを加工してアメリカに輸出するようになったからです。つまり、アメリカにおける日本産のホタテ需要はいまだに大きなものがあり、今後、中国向け輸出がストップすれば、自然とアメリカ向けにシフトしていく動きが出てくるはずです」(道内の水産関係者)
政治的な要因で価格が下がったのでは、生産者や加工業者はたまらない。日本政府は農林水産物の輸出額を2030年に5兆円にするとの大風呂敷を広げて、輸出拡大一辺倒の政策を取ってきたが、それだけでは不十分だ。貿易相手の分散化、リスク管理の徹底、リスク発生時の迅速な対応によって生産者、加工業者をいかに守るか。政府にはきめ細かな対応が求められる。