警察官によるアルジェリア系少年の射殺がきっかけ

安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住)

2023年07月07日

パリ西郊外ナンテールで6月27日、交通検問中に警察官に従うことを拒否した17歳のアルジェリア系の少年が警察官によって殺害されて以来、フランス全土で暴動が勃発して7日以上が経つ。

暴動参加者は被害者と同じ17歳前後のアラブ系・アフリカ系移民の青少年が全体の3割以上を占め、標的は全国自治体の市庁舎、警察署、路線バスなどで、フランス内務省によれば、拘束された人数は3500を超え、鎮圧に当たった治安部隊で700人以上が負傷した。

外国人観光客が行き交うパリのシャンゼリゼ通りでも暴徒と治安部隊の衝突が起きた。フランスメディアは暴動が治まる予測が立てられないとし、今後も散発的に暴動が全国各地で起きる可能性を指摘している。今秋にはラグビーのワールドカップが開かれる予定で、来年にはパリオリンピックの開催も控えているが、不安の声が上がっている。

政府は平静を呼びかけているが…

マクロン大統領は上下両院の議会議長や関係閣僚、さらには暴徒の標的となっている220の自治体の首長を招集し、危機対策会議を行っている。すでに今月2日には全国に4万5000人の治安部隊を動員し、政府は平静を呼びかけているが、いつ収束するかわからない状況だ。

注目点の1つは身柄を拘束されている拳銃を発砲した警察官への司法判断の行方だが、時間がかかるとみられる。

4日までにわかっていることは、射殺された少年はアルジェリア系移民のの子で、経済的に厳しい環境に育ったこと、警察当局によれば、犯罪歴はないものの、無免許運転、保険未加入などで5回も交通検問でとがめられ、警察に従わない少年として地元警察に知られていた。今年9月には当局への出頭を求められていたという。

事件の流れについて、車に同乗していた同僚がメディアに答えたところによると、少年らは警察の追跡から逃げており、何とか車を制止させた警察官に「言うことに従わなければ撃つぞ」と車窓越しに言われ、拳銃を構えられた。少年はパニックに陥り、車を発進。警察官は指示に従わなかったとみなし、発砲したようだ。

一方、身柄を拘束されている警察官の弁護士は、本人は不当な逮捕で警察の定められた手順に従って行動しただけと主張している。

ただ、警察側が当初発表した少年の車が警察官を襲って来たので発砲したという内容と、実際に現場で記録された映像に隔たりがあったことから、当局は警察官を守るための隠蔽を行おうとしたと受け止められ、移民系の若者の怒りに火が付いた。

ダルマナン内相は「公権力乱用の疑いがある」として、警察官の身柄確保を急ぎ、起訴したが、暴動はエスカレートしている。

収まらない青少年たちの怒り

パリ南郊ライ=レ=ローズでは2日早朝、市長が市庁舎にいる間に何者かによって引火物を積んだ車が市長宅に突っ込み、妻と子どもが負傷する事件が起きた。前日には暴徒が市役所に火炎瓶を投げ入れて乱入しようとしたほか、町中で襲撃が繰り返されたことから、外出禁止令が出された。

内務省によれば2日朝時点で、フランス全土で約5000台の車両が放火され、市役所など公共の建物が1000棟近く焼失または破壊され、警察署や憲兵隊兵舎への襲撃は250件に上った。フランス南部マルセイユではゴム弾に当たった通りがかりの男性が呼吸困難で死亡した。

実は、発砲した警察官を支援する動きも注目されている。昨年のフランス大統領選に立候補して注目された移民排撃を主張する極右エリック・ゼムール候補の元報道官を務めたジャン・メシア氏は、警察官の家族を支援するためのフェイスブックで募金活動をネットで開始した。

フランスメディアは一斉に「募金を止めさせるためにフェイスブックのサイトを閉鎖すべきだ」と非難しているが、集まった金額は6月末から7月3日までで700万ユーロ(約1億5600万円)に上る。

募金者は5万人以上で、大半は医師、上級公務員、企業管理職だ。募金した女性の1人は「彼は刑務所に入るようなことは何もしていない。彼は自分の仕事をしただけだ」と述べた。

右派・国民連合(RN)に集まる支持

今回の警察官による移民系少年の射殺事件を受け、それぞれの政党の政治家の発言で、最も支持を得ているのが右派・国民連合(RN)だ。

Ifop(フランス世論研究所)によると、危機対応への満足度が最も高かったのが、昨年の大統領選で決選投票まで残ったRN前党首であるマリーヌ・ルペン氏の39%で、マクロン氏の33%を上回っている。中道右派の共和党のシオッティ氏は24%、極右のゼムール氏は22%、反権力で移民支持の左派のメランション氏は20%だった。

過去のRNなら暴徒化するアラブ系の若者を非難し、警察の公権力を擁護するはずだが、今回は異なっている。

例えば、移民系住民が7割を占めるパリ北郊外、セーヌ=サン=ドニ県で育ったRNのバルデラ党首は、「過去にも移民系若者が破壊行為を繰り返しており、彼らは理由を見つけては破壊行為を行う願望を持っている」と指摘し、少年犯罪者の親への家族手当支給停止や犯罪者の更生のための街の清掃活動を提案している。

野党・中道右派・共和党のシオッティ党首も「マクロン氏の暴力に走る未成年の親たちを罰する案を支持する」と言っている。実は昨年春の大統領選挙で表面化したのはフランスの右旋回だった。左派は劣勢に回り、6月の国民議会選挙でも右派、中道右派、中道各政党は計398議席を獲得し、左派連合の131議席を大きく上回った。

この数年、右旋回するフランスの警察権力は強化されており、非行に走る若者への取り締まりも厳しさを増している。

サイバー攻撃で治安判事の個人情報が流出

一方、フランスの公共ラジオ「フランス・アンフォ」が7月3日に報じたことによると、サイバー犯罪組織「クロムセキュリティ」は、少年の死を受けて1000以上の治安判事の個人情報を公開した。これを受け、仏法務省はパリ検察に同組織を告訴した。公開されたのは名前、個人の住所、携帯電話番号、銀行IDなどで、同組織は3日朝、フランスの判事1121人の個人情報を含むファイルを公開した。

例えば、「アミアンの治安判事」として紹介されている平等担当大臣代理、イザベル・ローマ氏の個人情報といった具合で、パリの裁判所の現職判事数人や別の対テロ治安判事のものまであった。クロムセキュリティは、前日にSNSアプリ、テレグラムで公開されたメッセージの中で、オープンソースのコンテンツ管理システムの欠陥を悪用し、フランスの司法サイトをハッキングしてこれらの個人情報を入手したと説明した。

結果的に今回の少年殺害事件の公判を担当する判事などが危険にさらされる可能性は高まり、司法が機能しなくなる懸念も指摘されている。

治安当局者は、SNSが世論や暴動に大きな影響を与える現実に直面している。フランスは長年、受け入れた移民による社会の分断に対して、効果的な対策を講じることができていない。国連はフランスで起きている人種差別について調査に入ることを表明した。中国に調査に入れや!!