中国の習近平(シージンピン)政権が、高性能レアアース(希土類)磁石の製造技術の輸出規制に動き出した。環境分野で国際社会の対中依存を強めさせ、脱炭素社会の経済モデルの主導権を握ろうとしている。(中国広東省韶関(しょうかん) 大木聖馬、写真も)

■世界最大級

 広東省広州から車で約2時間の山間部にある韶関市新豊。3月下旬に訪れると、水田や畑、イチゴ栽培の温室などが広がるなか、新しく舗装された真っ白な道路が山の合間へ続いていた。地元のレアアース鉱山だ。赤茶色の土壌をむき出しに、2段、3段と切り崩された山の斜面の麓には、ショベルカーなど重機数台が止まっているのが確認できた。

 「このあたりの山すべてにレアアースが眠っている。開発はこれからだ」。地元の住民らの期待も大きい。

 中国メディアによると、この鉱山は、中国南部に偏在する「イオン吸着型」と呼ばれる鉱山の中で世界最大級だ。イオン吸着型は、磁石の耐熱性を高めるジスプロシウムなどの「重レアアース」を多く含む。中国は近年、陸続きのミャンマーからの輸入も強化し、世界の多くの国が中国の重レアアースに依存している。

 中国は、レアアースを用いた高性能磁石の原料の採鉱、精錬から合金、磁石製造まで自国内で完結できる態勢を世界で唯一構築している。今後もレアアースの生産を増強し、磁石の製造設備も大規模化して低コスト化を図り、世界市場の支配を狙う。

■上流から下流

 中国政府が昨年12月に公表した産業技術の輸出規制リスト「中国輸出禁止・輸出制限技術目録」の改定案は、ネオジムやサマリウムコバルトなど高性能磁石の製造技術を輸出禁止項目に新たに盛り込んだ。業界関係者は「中国は以前は磁石のサプライチェーン(供給網)で原料採掘の上流しか押さえていなかったが、いまや下流の製造まで押さえている」と解説する。

 中国政府は、2010年9月に沖縄県・尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きた際、レアアースの対日輸出を規制し、対抗措置とした。中国も当時から磁石を製造していたが、製造技術で日本に大きく遅れており、最上流にあたる採掘したレアアースをカードにした。

 中国はその後、レアアースの採掘だけでなく、精錬、合金でも技術を大きく向上させ、高性能磁石の製造で世界の8割以上のシェア(市場占有率)を占めるに至った。21年1月には、採掘だけでなく精錬、輸出までも管理する「レアアース管理条例」の草案を公表。規制をかけるチョークポイント(関所)を上流から下流へと徐々に移し、サプライチェーン全体を押さえようとしている。

 関係者は、国際社会が取り組んでいる脱炭素化について、「電気自動車(EV)を増やすなど電動化を進めていくということだ。モーターを使い、磁石が欠かせない」と分析したうえ、「中国が磁石の供給網を押さえれば、環境分野全体を押さえることにつながる」と危機感を示す。

■太陽光も

 脱炭素は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを利用していくことでもある。中国の環境分野での覇権確立の布石は、太陽光にも及んでいる。

 中国政府の輸出規制リストの改定案は、太陽光パネルの材料となるシリコンの製造技術についても輸出制限の対象に加えた。中国はシリコンなど太陽光パネルの主要材料の生産能力でも世界で8割超を占めており、太陽光発電の分野でも「供給網の中国化」(関係者)を進めようとしている。

■日本、技術流出防げず…合弁企業・製造装置売却

 日本政府は、日本企業が競争力を有していた高性能レアアース磁石の重要性を踏まえ、中国に製造技術が流出しないように対策を講じてきた経緯がある。今では、中国企業の取り組みや先端磁石製造装置の中国への売却が進んだ結果、中国企業に市場を奪われた。

 日本政府は軍事転用が可能な貨物や技術の輸出管理について、外為法に基づき、大量破壊兵器などに転用される恐れが強い物資を列記して規制する「リスト規制」と、リストに記載されていなくても幅広い規制を可能にする「キャッチオール規制」を実施している。

 日本企業の関係者によると、中国がレアアースの対日輸出規制をかけた2010年頃、中国政府の複数の高官は日本企業に対して、「レアアースの応用技術を持ってくれば、レアアースを供給する」と言及していたという。日本政府は、レアアースを応用して製造した高性能磁石は各種兵器にも利用できることから、12年にキャッチオール規制の対象に磁石を追加した。

 技術流出につながりやすい中国での現地生産の動きは一時的にとまったが、14年頃に日本のメーカーが中国に進出し、合弁企業を設立して現地生産を開始。先端磁石製造装置も中国に大量に売却された結果、中国の地元メーカーが技術力を急速に高め、安価な高性能磁石が大量に出回るようになった。日本メーカーは過当競争にさらされ、競争力を落とす結果を招いた。

 米電気自動車(EV)大手の駆動用モーターに使われる磁石を95%以上供給するまで成長した中国メーカーもあるという。今回の輸出規制リスト改定は、日本から流出した磁石製造技術を自国の技術であったかのように規制に乗り出していることを意味する。高速鉄道や太陽光パネルを巡る技術も同様の経緯をたどった。

 現時点でも、日本にはTDKや信越化学工業など複数の磁石メーカーが存在し、世界の磁石製造で約15%のシェア(市場占有率)を維持している。中国メーカーの低コストでの大量生産により、今後もシェアは縮小していく可能性があるが、磁石の供給網の支配を目指す中国にとって、日本の存在がその障害となりうる。

 日本や欧米はこうした中国の動きを正確に把握し、磁石などの中核部品や戦略物資のグローバルな供給網の確立を進めていくことが求められそうだ。