6月20日の静岡県知事選は、川勝平太氏が約33万票の大差で当選した。与野党激突の構図だっただけに、川勝氏と争った自民党推薦、前参院議員岩井茂樹氏の大敗は同党にはあまりにもみじめなものとなった。岩井氏は「国土交通副大臣を務めたが、リニア推進派ではなく、ルート変更、工事中止も選択肢であり、まず流域住民の理解を得るのは(川勝氏と)同じスタンス」などとリニアを争点から外す選挙戦略に出た。

当選後の会見で、川勝氏は岩井発言を逆手に取り、「ルート変更」「工事中止」は自民党の認めた“公約”だと繰り返した。

JR東海のスケジュールでは、静岡県の了解を得て、2017年までに静岡工区で着工、2026年11月の完成を目指していた。ところが、トンネル工事前段階の準備工事にさえ入れない手詰まり状態が続き、2027年リニア開業は絶望的となり、開業がいつになるのか見通せない状況だ。

リニアから逃げた岩井氏を攻撃

川勝氏は95万票余の民意を背景に、今後4年間の工事“凍結”どころか、「ルート変更」「工事中止」というリニア計画の息の根を止める世論にまで火を付けた。

当選後、22日に初登庁した川勝氏は定例会見で、“舌”好調で選挙戦を振り返り、約1時間半の大半をリニア問題に割いた。「国策であり、日本全国からリニア問題が関心を集めた。(自民党推薦候補は)リニア早期実現を目指すはずなのにリニアを争点から外したのは返す返すも残念」と嘆いてみせた。

選挙の最大の争点がリニアであり、リニアから逃げた岩井氏を徹底的に攻撃することで、「反リニア」が正当性を得たことを証明した。

特に、岩井発言を何度も“公約”だったと繰り返し、流域の民意に従い、自民党と連携して、JR東海へ「ルート変更」「工事中止」を求めるという絶対にありえない提案まで口にしてみせた。

翌日、23日の新聞各紙は、川勝発言をそのまま取り上げ、自民党と“共闘”で「ルート変更」「工事中止」を求めるなどおもしろおかしく記事にした。同日開かれたJR東海の株主総会で、リニア工事担当の責任者、宇野護副社長が「ルート変更」の火消しに大わらわとなった。

22日の会見で、“川勝劇場”が最高潮に達したのは、葛西敬之・名誉会長の名前を連呼したときだ。「JR東海の意思決定者である葛西さんと話さなければらちが明かない」と宣言、葛西氏との会談を提案した。

川勝氏はJR東海発足の立役者である葛西氏とは、25年以上にわたるつきあいがあり、“ツーカー”であると述べた上で、リニア計画の「休止」を葛西氏に求めるのだという。ただ、葛西氏は昨年6月、80歳を前に取締役から外れている。

国とJR東海は静岡県をもっと攻めるべきだった

言いたい放題の川勝発言の源は、河川法に基づく河川占用の許可権限にある。

大井川の源流部。地下約400mにトンネルを掘削するには、知事の許可が必要

1級河川の大井川約168kmのうち、駿河湾から上流約20kmを国が管理、そこからリニアトンネル建設予定地を含む源流部まで約150km区間を県が管理する。工事に当たって、河川内で工作物を新設する場合など、JR東海は管理者の許可を得なければならない。

リニアトンネルは南アルプスの地下約400mの大深度を貫通するが、河川占用の許可が必要。川勝氏は、トンネル計画地から100km以上も離れた下流域の「利水上の支障」を盾に許可しない方針を崩さない。この許可を得られない限り、JR東海は工事に着手できないのだ。

2019年9月、菅義偉官房長官(当時)はリニア静岡問題に政府が関与することを表明、10月に国交省の事務方トップ、藤田耕三事務次官(当時)が静岡県庁で川勝氏と会談した。その後、事務交渉のすったもんだの末、国は昨年4月、ようやく水資源工学や地下水の専門家らによる有識者会議を設けた。

現在まで11回の会議が開かれているが、川勝氏は会議終了の度に、議論の中身ではなく、座長コメントや会議の全面公開を問題にして、国への批判を繰り返している。これでは、いくら有識者会議が懸案事項の解決を図ったとしても、川勝氏が河川法の許可を出すはずもない。

いまから考えれば、川勝氏が尻尾を出した機会に乗じて、国、JR東海が徹底的に攻めれば、事態は変わっていたかもしれない。

昨年6月、金子慎JR東海社長が静岡県庁を訪ね、川勝氏にリニア準備工事の再開を求めたときのことである。

会談の終盤になって、金子氏は「ヤード工事(準備工事)は水の問題と関係ない。それ以前の問題だと理解してもらいたい」と述べると、川勝氏は「県自然環境保護条例では5ヘクタール以上であれば、協定を結ぶ。県の権限はこれだけである」と応じた。直後の囲み取材でも、川勝氏は「ヤード工事は明確にトンネル工事ではない。5ヘクタール以上の開発であれば、条例に基づく協定を結べばよい。活動拠点を整備するのであればそれでよろしい」などと明言した。つまり、川勝氏は河川法の許可権限が及ばない準備工事を認めたのである。JR東海はこの機会を捉えて、準備工事を始める言質を取るべきだった。

ところが、1時間以上たってから事態は急変する。川勝氏は再度の囲み取材を設け、「ヤード工事はトンネル工事と一体であり、認められない」など前言を覆してしまった。翌日の朝刊は一斉に、川勝、金子対談の写真をつけて、『知事、ヤード整備を認めず』などの大きな見出しをつけた。メディアを味方につけた川勝氏がぼろを外に出さずに終わったのだ。

金子社長に続いて、7月に入り、藤田次官が再び、県庁を訪れ、「JR東海はトンネル本体工事をなし崩しに着手しないので、県はヤード工事を認めてほしい」と要望した。この席で、川勝氏は「県条例では委員会を設けて、専門部会で(ヤード工事を)許可する。金子社長は条例をご存じなかった」などと発言した。県条例ではJR東海と協定を結ぶだけで、委員会も専門部会も不要。川勝氏はここでも県条例の内容を勘違いしていた。

結局、県はトンネル工事の一部に当たると条例の拡大解釈を行い、準備工事を認めなかった。藤田次官は法的根拠を追及せず、知事へ懇願しただけで終えた。県の一方的な拡大解釈に、裁判を辞さぬ覚悟で藤田次官が対応すれば、JR東海は準備工事に着手でき、地元の懸念する「なし崩し」でトンネル工事強行も視野に入ったはずだ。どうも、国、JR東海にはリニア工事を是が非でも行いたいという覚悟が見えてこない。

葛西氏との会談を要請

今回の知事選がリニアの運命を決めることくらい、国、JR東海は先刻承知のはずだった。ところが、自民党は組織のみに頼り、戦略らしい戦略も示すことができず、なすすべなく惨敗した。川勝氏は討論会等で昨年のような尻尾を出さぬよう細心の注意を払っていた。

圧勝の有頂天の中、唯一、「葛西さん、葛西さん」の連呼が本音を見せた瞬間だった。「JR東海はトンネル掘削ありきで、(コロナ禍の中)創業以来の赤字を計上、首都圏ではトンネル陥没事故が起こり、工事費1.5兆円追加などを見れば、いったん立ち止まらなければならない」などと牽制、「ルート変更」「工事中止」を何度もちらつかせた上で、葛西氏との会談をメディアの前で要請した。記者からの再度の質問に、川勝氏は「相手が望まれるならばいつでも」と口を濁した。このトップ会談を知事側から要請するつもりはないことは確かだが、リニア問題解決の糸口を川勝氏はちゃんと示したのだ。

代表取締役社長を格下扱いして、取締役からも外れた名誉会長の出番を促した。 どのような“ツーと言えばカー”の関係かは当事者のみ知るが、JR東海“最高責任者”葛西氏が満を持して登場しなければ、リニア計画の中止が現実のものとなるだろう。

 

 しかし、これだけリニアに反対しておいて熱海や伊東のメガソーラーは、地元の反対にもかかわらず推進していた。大井川の水は命の水で伊豆半島の河川の水は命の水じゃないのか??!