伝統的「親日感情」は薄れつつある

 日清戦争の結果、1895年の下関条約で台湾が清国から日本に割譲され、第二次大戦の結果、1945年にその日本が去って以降、台湾では、日本統治時代に教育を受けた、台湾出身者(本省人)らの、いわゆる日本語世代が日本との感情的つながりの中心となってきた。

 よく知られる台湾社会の「親日感情」の根底には、この世代から受け継ぐ「日本はあらゆる面で先進的」という「日本ブランド信仰」のような空気があったが、今回の日本の当初の楽観的な対応は、一転して、台湾社会に日本人旅行者らを露骨に警戒する空気を生み出し、それにショックを受けた台湾在留邦人らが台湾の必死の防疫努力に足並みを揃えようとして、張りつめた空気を形成していた。

 台湾が317日に日本やタイからの入境者への2週間の隔離措置を決め、日本人へのビザ免除が停止した319日の前日の18日、朝日新聞のタイ・バンコク駐在の編集委員が台湾に駆け込み入境し、レジャー記事のような隔離体験記をSNSで発信したが、特に台湾在留邦人らが中心に「不謹慎だ」と憤慨し、炎上した。この編集委員は中国で長く特派員経験を積んだベテランだったが、台湾はビジターのみ。台湾社会の特殊な空気が読みきれていなかった。

 戦後75年を迎え、日台間の生きた歴史的絆は年々減少している。同時に国共内戦に敗れ、1949年に蒋介石とともに中国大陸から「中華民国」を背負って台湾に流入した「外省人」も、多くが台湾生まれの世代となり、通婚などで社会構成や政治的スタンスも複雑化した。台湾との歴史的絆や「親日感情」に依拠した日台交流をはじめ、一部の台湾人が日本語で発信する政治観のみで台湾を捉え、また逆に「標準中国語が通じるから」と、台湾を中国の延長程度に捉えた扱いをすれば、良好な日台関係を傷つけかねない時代になっている。

 日本は今回、台湾との良好な関係がありながら、台湾の実像を見ず、台湾の対中警戒心や、防疫面での実力を過少評価し、参考にできなかった。中国の正月・春節の中国人観光客の訪日消費や、習近平国家主席の国賓訪日日程などに惑わされず、2月上旬時点で台湾と水際防疫の足並みを揃えていれば、少なくとも国内旅行やプロスポーツ、台湾に限った国際線往復などは条件付きで維持、もしくは早期に再開できた可能性が高い。

 

「コロナ後」の日台関係

 このように、日本は台湾との関係を改めて見つめ直すべき時期にきていると考えられるが、2期目に入った蔡英文政権では、その柱となるキーパーソンも明らかになってきたと言える。

 まずは感染症対策本部長として封じ込めの手腕が称賛され、先日は新荘野球場にも姿を現した陳時中・衛生福利部長だ。その職務に対する真摯な姿勢は、法学者の父を通じ、日本統治時代の教育の影響が濃いとされる。

 またホワイトハッカーでありトランジェンダー、「天才IT大臣」として注目されたデジタル担当の政務委員(無任所閣僚)の唐鳳氏(39)もまた、脚光を浴びた。後継者が取りざたされてきた民進党において、次世代のリーダーとして期待される1人だ。

 蔡政権に見いだされ、35歳の若さで入閣。今回は得意のIT技術を駆使してマスクの公平分配システムを迅速に整備し、官民一体の防疫体制の構築に大きく寄与したが、こちらも引き続き現内閣に留任して手腕を発揮していく。唐氏のような若い世代が政界の中心になってくるとみられる「コロナ後」の台湾は、旧来の対日観を含め、一気に世相が変化するかもしれない。

 

中国は台湾に圧力強める可能性

 一方、2021年に中国共産党結党100周年、2049年に中華人民共和国建国100周年を控えた中国・習近平指導部は、米中対立の先鋭化に加え、国際社会からも「新型コロナウイルス発生当初に情報を隠蔽しようとした」との批判が強まっており、足元がぐらつきだしている。さらには中国擁護ともとれる態度を取ってきたWHOに対してまで、「WHOは中国の影響が強く、政治的中立が保てていない」などと疑惑の目が向けられる始末だ。

 こうした状況の下、中国は、今回のWHO年次総会への台湾のオブザーバー参加を支持した日米をはじめとする国際社会に苛立つかのように、日本の尖閣諸島や台湾海峡、南シナ海周辺で不穏な動きを活発化させており、今後も特に「核心的利益」「不可分の領土」である台湾に対しては、一層圧力を加えることが懸念される。

 先行き不透明な米中の覇権争いが繰り広げられる中、台湾の存在、動向はより重視されなければなるまい。

 日本が「コロナ後」も台湾との関係を維持し、さらに東アジアの安定を模索していくのなら、台湾の実像を把握し、「上から目線」ではなく、学ぶべき点は取り入れていく姿勢が必須となりそうだ。