古森 義久

2019/03/10 06:00

 

(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)

 米国のトランプ大統領が215日、「日本の安倍晋三首相が私をノーベル平和賞に推薦してくれた」と発言した。安倍首相はコメントを控えているが、おそらく事実だろう。

 このトランプ発言は世界に複雑な波紋を広げた。日本国内ではメディアの多くが「対米追従」「冗談がすぎる」などと安倍首相を批判した。

「他国の候補をノーベル平和賞に推薦」というと、どうしても思い出すのが韓国のケースである。韓国の政治家や識者たちが日本の憲法9条をノーベル平和賞の候補として推薦したのだ。この韓国による日本の推薦という奇妙な動きについて、私は20162月に本コラムで報じた(「『憲法9条にノーベル平和賞』で喜ぶのは韓国」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46131)。

 それからちょうど3年、韓国の日本への敵意や憎悪がエスカレートし、韓国軍の対日戦略などが明らかになった今、ノーベル平和賞を利用しようとする韓国側の思惑が改めて見えてきた。

 つまり、「日本の憲法9条をノーベル平和賞に」という韓国側の動きは、賞賛でも善意でもなかった。主権国家としての日本を抑えつけておこうという意図に基づく、偽善と欺瞞の行動だったのである。

韓国には「日本の憲法9条を守る責任がある」?

「日本の安倍首相がトランプ大統領をノーベル平和賞に推薦した」という話には、さまざまな疑問が湧いてくる。一国の首相である安倍首相がなぜトランプ大統領にそこまで尽力するのか。トランプ氏の実績はノーベル賞に値するのか。日米両国で多くの人が首を傾げた。

 実は、一国の政治家や団体が他国の業績をノーベル賞に推すという事例が、日本に関しても起きていた。

 201412月、韓国で「日本平和憲法9条をノーベル平和賞に推薦する韓国委員会」という組織が旗揚げをした。座長に李洪九元首相が就き、元最高裁長官や政官界、学界、宗教界などの著名人約50人が推薦状に署名したと発表された。詩人、作家、俳優も名を連ねていた。

 さらにその直後の20151月には、同じ韓国の国会議員142人が「日本国憲法9条をノーベル平和賞に推薦する」という署名に名を連ねたことが発表された。当時の野党・新政治民主連合の元恵栄議員と与党・セヌリ党の李柱栄議員が記者会見でその趣旨を公表した。すなわち、「国際社会は平和憲法9条を改正しようとする日本の右傾化を懸念している。韓国には国際社会の一員として日本の憲法9条を守る責任がある」というのが運動の狙いだという。

 この署名状には、日本側の改憲の動きを「反平和」と見なして「戦争放棄と交戦権の否定を宣言し、東アジアと世界の平和の砦の役割を果たしてきた平和憲法が存続することを願う」という記述も加えられていた。

 こうして今振り返ってみると、韓国でのこの動きは、日本の憲法9条を讃えるというよりも、その改正を阻もうとする意図の方が露骨だったと言える。

日本の運動に乗った韓国

 そもそも、なぜ韓国でこんな動きが起きたのか。

 その大きな要因となったのは、日本側の動向である。2013年初め頃から日本国内で「憲法9条をノーベル平和賞に推薦する」という運動が始まった。神奈川県座間市に住む女性活動家が始めたとされる。同年8月には護憲団体「九条の会」や日本共産党などの支援を得て「『憲法9条にノーベル平和賞を』実行委員会」が設置された。

 日本における政治的意図は当初から明白だった。ノーベル平和賞を受賞させることで、憲法の権威づけをしようという意図である。しかし、それは極めて一面的な権威付けである。日本でのノーベル賞の威光を利用して、憲法の改正を阻もうという政治的な意図だともいえる。

 当初、この組織は「憲法9条」自体をノーベル平和賞の候補にして推薦活動を始めた。しかしノーベル平和賞は人間か組織だけが授賞対象と分かり、2014年から「日本国民」を授賞候補として推薦するようになった。だが20142015の両年とも落選した。

 そこで日本側の運動家たちは、韓国や中国に支援を求めた。ここに韓国が乗った。待ってましたとばかりに「協力活動」が起きたのだ。

 2016年に「『憲法9条にノーベル平和賞を』実行委員会」は、憲法9条を推薦する文章の中で、韓国側勢力と一体化した活動を正面から明示した。同委員会は「韓国共通推薦文」を提示し、「韓国・春川市の大学教授など、9名の皆様(代表 翰林聖心大学教授・尹載善氏)が連名で、ノルウェーのノーベル委員会宛て、共通推薦書を提出してくださいました」と記していた。

 同時に、韓国側の推薦文は、「日本の憲法9条が北東アジアの国際平和メカニズムの役割を果たしてきた」としたうえで、「日本がこういう信頼に背き、憲法を改定して交戦権を持つと、東北アジアの平和は不安になり、武力の衝突を避けられません。不幸な歴史を繰り返さないためには、戦争だけは抑えるべきです」と記していた。客観的な根拠を欠く情緒的平和論の典型の記述である。

韓国の狙いは日本の防衛能力の封じ込め

 だが、それほど素晴らしい憲法9条ならば、なぜ韓国は採用しないのか?

 韓国は軍事力を行使して、日本の領土である竹島を占領した。現在もそのまま軍事占領している。韓国は憲法9条の精神とはまったく正反対の行動をとっているのだ。その当事国の韓国が日本に向かって非武装精神の憲法9条を守れと指示しているのだから、開いた口がふさがらない。

 この韓国側の動きや言明を2019年の情勢下においてみると、日本への悪意はさらに明確になる。いわゆる徴用工や慰安婦問題に関する韓国側の無法や理不尽は、官民での反日を印象づける。また、韓国軍が日本の自衛隊機に射撃用レーダーを照射した事件では、韓国軍が年来日本を脅威あるいは潜在敵とみなしてきたことが浮き彫りにされた。

「日本が憲法改正して交戦権を持つと、アジアの平和を壊す」という韓国側の表面の主張から透けてみえるのは、日本の防衛能力、軍事力の封じ込めである。憲法9条がある限り、日本はたとえ自国の領土を守るためでも、普通の国のようには戦えない。自国領土である竹島を奪回するためでも、戦闘はできないのだ。

 官民が一体となって、ノーベル平和賞を悪用して、日本を自国の防衛のできない“半国家”のままに保ち、日本の領土である竹島の軍事占領を恒久化する──。これこそが韓国の狙いである。