中国ではITイノベーションが目覚ましい。実際、ほとんどの買い物がスマホで決済できてしまうなど、超便利なIT社会を実現している。優れたIT企業も続々と誕生し成長している。しかし、実はその正体は非常に怖いのだ。(中国在住作家 谷崎 光)

時価総額アジア・トップ級IT企業テンセントの「怖さ」

 中国・深セン――。

 ここに、アリババを抜き抜き、トヨタ自動車を抜き、2017年度の時価総額アジアNo.1のIT企業、テンセントがある。

 その光り輝く新築の本社ビルの前には、四角い

『党といっしょに創業(起業・イノベーション)』

 のモニュメントがある。

 この言葉の本当の怖さがわかる人は、かなりの中国通である。

 こんにちは。北京在住18年目の作家、谷崎光です。

 さて、今、日本では深センとか中国のイノベーションとか、キャラメルコーン……、じゃなくて、ユニコーン(評価額10億ドル以上の非上場ベンチャー企業)とか話題らしい。

 それもいいだろう。

 中国企業は、ニッポンのように、会社のひな壇の上の方に昭和の妖怪が密集していて、「下手なチャレンジなどしてオレの経歴に傷をつけるな!」と、若者をジャマしたりはしない。

 いや、中国はもっと怖い妖怪が並んでいて、「いろいろ開発してや~」とささやいているのだが、確かに若者は多く、かつ実力主義。トライ&エラーのお国柄。

 ここのところ、かなり減ったとはいえ、世界中から流れ込む資金。国の指示なら採算度外視。

 実際はファンドのお金を使い切るだけ、のスタートアップ企業も多いが、活気があるのは事実である。

 ただし、中国で18年暮らす私から見たその実態は、日本で言うような甘いものではない。

 中国の鉄則は、ただ一つ。

 すなわち、“すべては党が管理する”である。

 どんな企業のどんなイノベーションも、ある規模になれば、党の後押しなしには行われていないし、最後は全部、党のものになる。

 今の中国がイノベーションを推す理由は後述するが、もちろん経済発展も大きい。しかし並列する大きな理由は、軍事力の強化、人民の管理に有効、つまりは自分たちの独裁維持に役に立つからである。

 いいですか。中国ではドローンという空飛ぶ武器の開発も、スマホでピッという金融業務も、党の了承なしに、勝手にはできないのである。

中国のIT企業にわんさかいる党員

 テンセントは深センで生まれ育った、もっとも深センらしい会社といっていい。

 初期は、中国の元・国民的SNS「QQ」や、オンラインゲームで伸びた。

 今は、10億人が使うウィーチャット(中国版のLINEのようなSNS)と、それに付随したウィーチャット支払いで、中国の“スマホでピッ”市場をアリババと二分している。

 201842日の共産党員ネットの報道によれば、テンセントには約8000人の共産党員がいる。これは社員数の約23%にあたる。

 テンセントは採用も党員を優先しており、2017年に就職した1800人の大学生のうち、1200人が党員だった。

 ネットの第一線で、SNSの内容をチェックしている社員の、実に85%が党員である。

 つまり詐欺であるとか、黄色(アダルト)であるとかだが、一番大事なのは反政府発言を消す仕事である。

中国庶民は習近平のアフリカ援助に反対

 ここ何年か、中国の庶民の間でも反習近平の人は増えた。

 庶民は物価高や、給料200年分などという天文学的数字になった不動産にやっぱり怒っているし、医療保険や老後保障はまだ始まったばかりで大半の人は享受できない。

 なのに「覇権を目指してアフリカに金ばらまくかー」「えーかげんにせー」というわけである。

 一方、SNSやネットに情報を回す方も、政府に見張られていることはよくわかっていて、「消される前に早く見てね」の言葉が添えられていたりする。

 その言葉通りに、1時間ほどで情報が消されたりする。

 いわゆる陳情や抗議映像も結構あるのだが、こういうのは、政府からすると飛び火するとヤバい。中国は広く、複数の火の手が上がると、消せなくなるのである。

 例えば、北戴河会議であったり、なにか大きな政府のイベントがあるときは、動画アプリからの他の媒体へのリツイートができなくされることも多い。

 こういう動画アプリの会社は、たいていテンセントやアリババが出資している。今や、中国の大IT企業は、投資によって、巨大なITグループ企業を創り上げている。

 つまりトップ企業を押さえれば、間接的に多くのIT企業に党のコントロールが利くのである。

 テンセントのQQのマスコットキャラクターであるペンギンが、共産党のマークの入ったジャージーを着た写真は、なかなかにシュールである。

企業の中の党組織IT企業に続々誕生

 党員が多いのはテンセントだけではない。

 北京本社の京東商城約13000人。深セン本社のファーウェイは、鳳凰科技の2017年の報道では2007年の時点で早くも12000人いて、現在ははっきりしないが、党企業だから全員じゃないの、とジョークを言われるぐらい多く、実は杭州のアリババがまだ比率が低いと言われている。

 企業にかかわらず組織の中で、こういう党の影響力や執政能力を増す仕事を、党建(ダンジェン)というのだが、IT企業に続々とその指揮をする党委ができている。

 軍背景と言われるファーウェイとZTEには昔からあったが、2008年、アリババの党支部が党委に変わり、2010年、新浪に党委設立。

 2011年、テンセント、京東、2013年に網易、2014年に捜狐、2015年に捜狗、小米、楽視網、同程、途牛、2016年にライブ動画の斗魚、タクシーアプリの滴滴出行、2017年にシェア自転車のofo……、とほとんどのIT企業を網羅、という感じだろうか。

 党組織自体は工会という労働組合も含めて、中国ではある規模以上の企業には日系含む外資、中国系かかわらず、たいていあるのだが、党のIT企業への管理は年々強まっている。

 かつ、それがメディアでアピールされたりする。

 ジャック・マーも昔は共産党批判をしていたが、だんだんやらなくなった。

 そして共産党の聖地である、延安詣でをする姿が報道されるようになった。これはテンセントや京東のCEOも行って、報道されていた。

 中国の“中の人”はこれを、脅しと受け取る。

“歯向かってもムダだからな。もうおまえらのこと、何でも知っているからな”というわけである。

 便利にはなったけれど、ふと気づくと、もう逃げられない息苦しさがある。

 AI監視カメラは街中にある。

 ほとんどすべての支払いはスマホでしている。移動のチケットの購入もすべてスマホだし、決済の記録が残る(目をつけられるとチケットが買えなくなる)。

 今日、どこでご飯を食べたとか、誰と電話したとか、SNSで何をいつもしゃべってるとか、ネットで何を検索しているとか、何を買ったとか、今どこにいるとか、あの時どこにいたとか、全部丸見えなのである。

 しかもそれがIT企業と連動して、いつでも政府に情報が渡る。一般人でも数千円と携帯番号をヤミ業者に渡せば、上記のすべてがスマホの中の写真や今ドコやタクシーのキャンセル記録まで含めてすぐ出てくる(駐在員の方。中国での行動は注意!お忍び旅行も同伴も過去の居場所まで路上カメラにもスマホ通信にも全記録が残ります)。

 もともと大陸の中国人は日本人のように、出国も国内の移動も本当は自由ではない。見えないオリの中にいるのが彼らだが、それが強化された。

 もう中国で、テロも天安門事件もやれないのである。

 その前に見つかる。

銀聯に“収編”されたアリババのアリペイ

 中国では、アリババのジャック・マーが引退を表明した翌日に、アリペイが既存の銀行の共通決済手段である政府系の銀聯(ユニオン・ペイ)と契約をし、事実上、取り込まれたという報道があった。

 最初に報道したのは、“上海証券報”で、それを新華社が914日に伝聞という形で転載している。

 ネットでは、「豚を太らせてから食べる政府!」などと話題になった。

 ジャック・マーの引退は……、など、詳しいことは、筆者が時事ブックとして、最近出した、『本当は怖い 中国発イノベーションの正体』をぜひお読みいただきたい。

 ちなみにこの本の宣伝を中国からツイッターでやろうとしたら、共産党という言葉がひっかかり、なんとしても投稿されなかった(泣)。

 中国で暮らした18年間、中国の奇怪なことをイヤというほど見てきた。

 街の中でも、小さな店が突然理由なく営業停止になったり、繁華街の一等地の大ショッピングセンターが完全に準備も終わり開店間近のまま5年も6年も放置されたり……。

 功成り名を遂げた民間大企業の社長が突然逮捕されたり、殺されたり、会社をのっとられたり。

 しかも、全く報道はされなかったりもする。

 とにかく、中国は奇怪で理不尽なことが多いのである。

(続く)