輪廻転生② 「獣の数字と解脱」
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【 解脱と輪廻転生の世界 】
聖書が解脱・輪廻転生を説いていると措定すると、神Godが創造された世界が解脱の世界(無為、真如)であり、主なる神The Lord Godが建造された世界が輪廻転生の世界だと考えられます。聖書で言えば、解脱が「創1:1~2:4の中央の(,)まで」であり、輪廻転生が「創2:4の中央の(,)~聖書の最後まで」となります。
輪廻転生の世界に関しては、ループ状でなければならず、創2:4の中央の(,)と、聖書の最後とが繋がっていると考えれば、輪廻転生の主体はこのループの中を解脱に至るまで何度もグルグル回り続けていると考えることが出来ます。
創2:4 This is the history of the heavens and the earth when they were created , in the day that the Lord God made the earth and the heavens,
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【 2つの最後の審判 】
66巻ある聖書の最後、黙示録の22:20と22:21に、それぞれ153という数字が潜んでいます。
- 22:20 so, come, Lord Jes 1077 918 153
- 22:21 be with you all. 1715 918 153
この153を、ヨハネ21:11の「153匹の大きな魚の網」の象徴だとすれば、聖書はその最後に「2つの神の審判」を用意したと考えられます。輪廻転生の主体を獣の数字666(唯識の阿頼耶識alaya-vijnana)と616(唯識のマナ・アヤタナ?mana-ayatana)だと措定すると、黙示録の最後で審判を受けるのはこの2つだと考えられます。「66巻目の22:20⇒666」と「22:21の最初の言葉The⇒616」とすると、22:20が666に対する審判であり、22:21が616に対する審判だと考えられます。2つの輪廻転生の主体が、153匹の大きな魚の網による最後の審判で救済されなければ、それは666と616のまま「創2:4の中央の(,)」に引き継がれ、輪廻から抜け出すことは出来ません。では神により救済されればどうなるのか?が問題となります。
【 解脱とは 】
輪廻転生の主体である666と616は、六道輪廻の世界で何度も生死を繰り返します。これが輪廻転生です。ではここから抜け出す(解脱する)事の意味はと言えば、「地」から「天」へ昇ることであり、そのために聖書で用意されたのが「十字架上のイエス(による血の贖い)」だと考えられます。なぜなら十字架とは、神によって天と地を繋ぐ役割を果たし得るものであるからです。これを数値で表せば「777(十字架)+1(神・イエス)=778」となります。したがって輪廻転生の主体(666と616)が神からの救済を得た場合は、それに778という数字を与えられ、これを持って黙示録の最後から創世記2:4の中央(、)へ引き継がれます。具体的に創世記2:4に引き継がれる輪廻転生の主体を数値で見てみます。
- 666(獣の数字、阿頼耶識)+ 778 = 1444(阿摩羅識 Amala-vijnana )
- 616(獣の数字、マナ・アヤタナ)+ 778= 1394(?)
666の場合はそのまま778を適用すれば、1444という清浄無垢な無意識を意味する阿摩羅識を示し得ることが分かります。つまり解脱の条件の一つは汚れを持つ無意識である666(獣の数字、阿頼耶識)から汚れ(煩悩)を一掃し、阿摩羅識に転依することだと考えられます。問題は616で、単純に778を加算しても有意な数字を得ること出来ませんので、ヘブライ語616のゲマトリアが2222を示す事に着目します。
したがって輪廻転生の主体616は2222を象徴し得ると考えられ、これに778(十字架状のイエス)を適用すれば3千という数字を示すことが分かります。
- 輪廻の主体616 ⇒ 2222に変換 + 778 = 3千
後は3千をどう解釈するのか?ですが、「天台宗の観法であり、また根本教理でもあり、仏法の極理とされるもの」に「一念三千の法理」があります。これは「法華経が説く“万人成仏”の原理を体系化して示したもの」だとされます。(以上ネット記事、主に創価学会のサイトを参考にさせて頂きました)これを聖書に適用すれば、解脱の条件のもう一つは汚れを持つ無意識である616(獣の数字、マナ・アヤタナ)を、「一念三千の法理(“万人成仏”の原理)」に転依することだと考えられます。仏教とキリスト教を混合させた結論になっていますが、個人的には大乗仏教の底流には聖書が存在すると考えていますので、特に矛盾はないのでは?と思っています。
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以上、聖書は輪廻転生と解脱を説いている仮定の下での、推測記事になっています。

