母が亡くなった後は、看護師さんが死後の処置をしてくださいます。
病院の病衣を希望する場合は、新しいものを買い取りする形になるのですが、
※父はこのパターン
私は自宅から母用の衣類を持ち込みました。
痩せ衰えた母に、何度も着替えさせるのは可哀想だと思い、
湯灌なしの一発勝負で、病院から母のお気に入りの服を着せてもらうつもりでした。
でも、死後硬直した体に洋服を着せるのは難しいらしく、
できたとしても、後から体液で汚れる場合があるので、ちゃんと湯灌をお願いした方がいいとのこと。
ならばせめて、お気に入りのパジャマは無理かと問うと、前開きのタイプならOKと
パジャマならそこそこ伸縮が効く素材ですしね♪
念のため、2パターンを車に積んでおいてよかった
ということで、母の着替えを車に取りに行きながら、斎場へお迎えの電話をしました。
それから、伯母にも言葉短くですが電話で母の死をお知らせ。
あ!そうそう。これもね、ちょっとすごいなって思ったこと。
実は私、母の様子を毎日電話で伯母に知らせていて、その時間がいつも17時だったんです。
だから叔母は、「それ以外の時間に電話が鳴るとビクッ!とするのよ~」と言っていたので、
母がなかなか旅立ってくれない時は、
「いつもの時間に電話をしないと伯母さんが心配しちゃうよ~」とハラハラドキドキ。
でも結局、伯母に電話をしたのはほぼ17時。
まさかハハヨちゃんはそこまで考えていた???
こ・・・怖い。
出来過ぎ!
おっと、そんなことを言っている場合ではない。
看護師さんがパジャマを待っている
うふふ。
クロ猫ちゃんのパジャマ
※猫の上の黄色いのはシミじゃなく模様ですw
母がグループホームに入る時、少しでも楽しめるようにと私が選んだパジャマ。
結局、グループホームに入所して半月足らずで入院しちゃったから何日着れたのかな。
最後に大役を果たしてくれてよかった。
お着換えをしてくださったスタッフさん達も、
「可愛いパジャマね~ハハヨさんにすごく似合ってる」と言ってくれて嬉しかったなぁ。
病院によっては、家族も一緒にお着換えをさせてもらえたりするんだけど、
この病院は違うのか、はたまたコロナだったからなのか、特にお声がけもなかったので、
その間に私は死亡診断書を受け取りに受付へ。
入院費の支払いは後日で構わないけれど、死亡診断書は即日支払いで¥3,300でした。
まぁ、どのみち保険適応外ですしね。
そのあとは、母と一緒に霊安室でお迎え待ち。
毛布にくるまれ、ベルトでストレッチャーに固定されている母。
念の為確認ということで毛布をあけて見せてくれたので、
写真を撮っていいかと聞くと、快諾してくださった上にサポートまでしてくださいました。
そのあとは、勤務明けのSさんがわざわざ霊安室までご挨拶に来てくれたりもして。
超感激
斎場からのお迎えが来た後は、霊安室で病院からの遺体引き渡し。
家族は室外で待機するように言われます。
父の時もそうだったので(同じ斎場なので当然だけど)、
「いったいこの中ではなにが繰り広げられているの?家族が見ちゃダメなことってなにっ???」
と気になっていたのですが、後から聞いてみると、
「故人をストレッチャーから移す行為や、ベルトで締め付ける様子はご家族には辛かろう」
というご配慮なのだそうです。
へ~そうなんだ
転院で介護タクシーに乗った時や、
院内移動で、一般病棟から療養病棟へ移る時も、ベルトで固定されていたから見慣れちゃってたよ。
ちなみに、なぜ私がこんなことを聞いたかというと・・・
母の最後の数日間というのは、目が開きっぱなしで眼球が渇いていたんですよね。
いや、乾いていたから瞼が閉じなかったのか?
で、ウエットティッシュで湿らせて瞼に乗せて上げると、ある程度目も閉じるという状態。
もちろん霊安室で見た時もやっぱり半目が開いていました。
なのに、斎場に着いてから夜に見た母はちゃんと瞼を閉じている。
でもその代わり、瞼の両脇が歌舞伎役者のように赤くなっていて、まるで切込みを入れたよう
だから目を閉じさせるために、霊安室でちょちょっとメスでも入れるのかな~って。
ふふ。葬儀屋さん、
「んなことするわけね~だろっ」って思ったでしょうね。
実際は、
人によって亡くなると眼球が落ちくぼんでしまう方がいるそうで、歌舞伎役者みたいに見えるんですって。
たしか、痩せている人に多いって言ってたような???
どうりで父は違ったわ。なにせ父は満腹太郎(笑)
聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥。
葬儀屋さん、無知でゴメンね~