タシケント最大の市場チョルスー。



まさに住民の台所。
ソ連時代に作られたドーム型の市場では、1階は肉売り場、乳製品売り場、漬物売り場。
2階にはナッツ類、ドライフルーツ、香辛料、お茶の売り場がありました。





この千年くらい変わらない食品がこのドーム内に揃っていると分析☝️

50年経って、ソヴィエトデザインが新しい🤩



ドームの外側に、青果部門やパン屋があり、そのもっと外に洋服や日用品が並びます。簡易食堂もあって、シャシュリクが煙を上げて燻されています。めちゃくちゃ美味しそう!




きゅうり一本一本、りんごも一個一個、綺麗に並べて売っています。食べ物への愛を感じる〜





こちらへ来てから、果物や野菜がとてもおいしくてびっくりしています。

人参の漬物もなかなか美味しかった。脂の多い肉料理にちょっと付いてるととても良い!

思ったよりディルを使ったものが多い。Suzma(ヨーグルト)やサラダ、スープにも使われています。

家に帰ったら真似するぜにっこり


ハチミツ売り場。

持って帰りたいけれど、重いし、瓶が壊れたら大変な事になりそう驚き




こちらのお兄さんにジュースを作ってもらいました。写真撮って良い?って聞いて撮ったけれど、ちょっとムッとしたお顔になってしまいました驚き本当は笑顔でしたよ〜


建物の外も店がたくさんあります。


乳酸菌発酵の香りニコニコ


豪快な売り場。


こちらのお兄さんのお店でパッケージされたお菓子を購入。バラ売は衛生上ちょっと怖いです、鳥とか飛んでるし驚き


とても楽しい時間を過ごしました。市場は良いねー!その国の生活が見えるようだニコニコ


市場の近くで宿をとっていて、夜地下鉄駅チョルスーから数分歩いて行ったのだけれど、夜10時ごろの市場はちょっと怖かった。まだ働いていたり、お掃除したり、真っ暗な中で閉店後の仕事をされていました。舞台の裏側を見た気がする。足早に通り過ぎましたが、こうやって夜も働いているんだなぁ、とその辺は感激しました。ショベルカーで広場のような場所を整備してたり(次の日通りかかったらお花が植えられてて綺麗になってた)。ドイツでは労働法で無理かな。




ではでは(^^)/

タシケントのMagic Cityという、アミューズメント施設に行ってみた。





入場料無料。

夜8時からショーがあるというので期待してなかったけど、何気に結構楽しかったわ!
なんかロシアっぽい音楽からポップになるのが面白かったし。



















ウズベキスタンの若者率。25歳以下が6割、平均年齢28歳!

(日本は65歳以上が3割、平均年齢49歳/ドイツは45歳)。

羨ましすぎん?確かにどこに行っても子供連れのファミリー、それも最低2人の子供を連れているのを見かけるし。しばらくは年齢構成においては将来安泰なお国です。住宅地の道端で子供達が集まってサッカーとか鬼ごっこしてるしね。そんな光景しばらく見てなかったわ。

日本に行ってもドイツにいても、自分自身含め、最近は年寄りしか見ないじゃん😞

あー、そういえば。地下鉄に乗ったら2度ほど席を譲られたし、サマルカンドのレギスタン広場で階段に座ってて、立ち上がる時に「よっこらしょ」ってなってたら、隣にいたお嬢さんがスッと腕を支えて立ち上がるのを助けてくれたわ。ウズベキスタンでは私はめっちゃいい年寄りなんだなー!


ではでは(^^)/
タシケントからサマルカンド、ヒヴァ、と列車を乗り継いでやってきました。

タシケントまでまた逆に列車に乗れれば楽しかったのですが、そこまで時間が取れない現代人のつれなさよ。ドイツへ帰国の日が迫っています。
というわけで、列車で何時間もかけてやってきた1000kmを、あっという間にたったの1時間で飛んでしまいましょう。



早朝の出発だったので朝ごはんは諦めていたのですが、宿のお姉さんが早起きしてお弁当を詰めてくださっていました。感謝よだれ

ヒヴァには空港がないので、タクシーでウルゲンチ国際空港へ。国際線と国内線と隣接して小さなターミナルがあるのですが、タクシーの運転手さんによると、タシケント行きは国際線ターミナルなのだそうです。飛行機の規模が違うからか、乗り継いで外国へ行く便に乗るのも多いからかもしれません。


敷地内に入るときにチケットのチェックとカバン検査があります。

お弁当はX線通さなくて良かった。いつものことながらツメが甘い。これが爆弾だったらどうすんだろ?私が怪しそうに見えなかったという事にしようニコニコ

2時間前に着いたのでさっさと荷物を預けてチェックインして(オンラインチェックインはなかったです)、ベンチで朝ごはん。

果物やウズベク•バクラヴァ(大好き)まで入っていた。

本当に小さなターミナルなので、隣にあるゲートに行くホールに入ると乗客数の半分くらいしかベンチがなく、行き場を失ったお客さんで少々混み合っておりました。


ウズベキスタン航空はもちろん初めて。こんなサービス業はないだろうよ、というくらい笑顔のない空港職員と客室乗務員。搭乗して座席切符を見せてどの列から席に入って行ったら良いか聞いただけなのに、完全無視された。共産圏のソ連に迷い込んだかと思った😅(自分は80年代にアエロフロートでモスクワも経験があるので、あの恐怖さえ覚える旅のデジャヴ)。

先日、列車に乗る時のごった返しぶりを書かせていただきました。…飛行機もそれと同じくらいすごかった。子供連れが多く、可哀想な赤ちゃんのギャン泣き。また、民族音楽の興業者の30名くらいのグループが楽器だけでなく舞台装置と大道具も載せて一緒に飛んでいたので、バッゲージ引き取りのターンテーブルの激混みようは、インドを思い出したよ。暑くてイライラするし。

あんなに待って、なんと私達の小さな預け荷物は最後の2個🤣!よっちゃん(夫)が自分のリュックサックに手をかけた瞬間に、ターンテーブルが停止しました(そこは速いんかい)。

文句を言っても始まりません。機内のビデオが一番良かったので、普段はこんなものを撮影するのは恥ずかしいし憚れるのですが、多分もう一生この航空会社は使わないと思うので(笑)

よく出来てるビデオ☺️そして、この撮影地が今まで滞在していたヒヴァの町です。本当に映える町だなぁ。


「さぁ、これからみなさまと旅に出ます」


↑非常事態のおじさん


ラクダに乗ってる間はベルト着用。


しかし‼️こんな楽しい安全ビデオを見ていたにもかかわらず、着陸寸前の一番大事なところで二回も携帯電話が鳴り(やっと携帯の電波が届いたのね😍)、私の目の前の席はリクライニングしたまま、ウズベクおばちゃんが着陸10分前に通路をウロウロして乗務員さんに怒られてた。(もちろん「お客様、危険ですのでお戻りください」ではなく「何しとんじゃ、わーれー!」っていうトーンでした😂)

ゆるい国民性なのは十分わかったけど、自分の命が危ないからほんと困るわ〜😆良かった、無事、タシケント到着致しました。飛行機は乗り慣れてる方だと思いますが、ちゃんと着陸してこんなに嬉しかったことは無いです。

ところで、国内線でしたが高度10000以上上げて飛んでいました。最後の10分でびっくりするほどぐんぐん下げていくというのも、初体験の飛行でした。

そうだ。飛行場に行くまで40kmくらいタクシーで来たのですが、時間に余裕を持って出てるので全く急いでないにも関わらず、運転手さんは全部の赤信号をそのまま通過したことをここに併せて記録しておきたいと思います。


途中で給油…あ、油じゃない給ガス。

ウズベキスタンはガス自動車が多くて、ガソリンスタンド(ガスステーションか)に入るときに「プロパンガス」か「メタンガス」を選んで入ります。

給ガス中は必ず下車しなければならないそうです。

爆発したら危ないからだとタクシー運転手さんが身振り手振りで教えてくれた。


ウズベキスタンは天然ガスが出るので、ガス自動車があるのですね。シボレーの現地工場があるらしく、こんなに日本車を見ない国は初めてでした。


タクシーがとても安いのも、そのおかげ。

ヒヴァから空港まで40kmの距離、2000円しなかったと思う。小さな車を指定すればもっと安い。

お釣りはいいよ、って、運転手さんニッコニコ。早朝礼拝の代わりなのか、道中イスラム教っぽいお経みたいなラジオを小さな音量でかけていました。地平線から上ってくる朝日と共に雰囲気盛り上がる耳に心地よいBGM。記念撮影してお別れ。良い方に当たって良かったです。


行ってみて初めて知ることが多いね。旅は楽しいね。

ヒヴァの町を散歩。






ここが一番行きたかった霊廟、ヒヴァで一番美しい空間。正面に墓標が置いてある。


ベンチもあるので、腰を下ろす。

次々にお詣りに来る信者の方たちのために、コーランが詠まれる。響き渡る声が神秘的だ。





どこを振り向いても絵になる。

土産物屋に入ってもしつこく売りつけられるでもなく、どこも静かで素朴で時間がゆっくり流れている。木陰にベンチがあったりして、何をするでもなくただそこに座って時間を過ごす。なんて贅沢なんだろう。




木工製品の工房




お土産屋さん


冷やかしで入っても、ゆっくり見させてくれる。見るだけで買わずとも大丈夫。私もピンと来るまで物は買わない。



観光バスで来る団体様は、大体午前10時ごろに来てお昼を食べて帰っていく。その時間と、名所辺りを外せば、自分たちだけで静かに見て回れる。なかなか辺鄙な場所なので、オーバーツーリズムには(まだ)なっていないようだ。


絨毯屋さん




45メートルもあるイスラム・ホジャ・ミナレットに登りたいと相棒がいうので、登ってもらって私は下で待機😆上から写真を撮ってきてもらった。




緑の丸屋根が、さっき入った霊廟。よく見ると周りもお墓ばかりだ。


ここ数年、最近ずっと、どこか知らない国に行くとその国のお墓に注目してしまう。怖いからしないけど、文化人類学的にも、都市計画的にも、かなり興味深い研究になるだろうなぁとは思う。


今の人生の内じゃ無理だと思うから、今度生まれてきたとき、覚えていたら研究する事にする昇天



ここヒヴァにはメドレセが20、モスクが20、ミナレットが6。城壁内の小さな宿に泊まっているので、朝5時半ごろに響き渡るアザーン(礼拝のお知らせの合図)で目が覚める。薄暗い砂色の町で目覚める幸せよ…



ではでは(^^)/



シルクロードの町、砂漠のオアシスであるヒヴァは、旧市街がぐるっと完全に壁に囲まれていて、城壁内全体がユネスコ文化遺産に指定されている。




東西南北に4つ門があって、観光客は博物館入場付きチケット料を払って城壁の中へ進むシステムになっていた。
関係ない人が入れないように、観光客を安全に閉じ込めている感じ。

私たちは城壁内の家族経営宿に泊まったので、鉄道駅からYandex(ロシア系のUber)タクシーで直接城壁内に入りました。もちろん警備員と警察官のいる門でしたが、何も言われず門を開けてくれました。ん?聞いていたチケット売り場は?

城壁を出なければチケットを買わなくて良いのか?初めからよく分からないシステム…🤔

結局、私たちは城壁内に3日間泊まりながら、よっちゃんは長距離ジョギングに行くし、食事に行くのに昼も夜も城壁の外に出入りできたということでした。

まぁ、チケットを買えば済むことなんです…そこがケチ臭いんですが、ひとり13$かぁ…どうしようかな、と。微妙に高い。

チケットには幾つかの入場券がセットになってはいるのですが、私たちが見たかった場所はチケットセット料金に含まれていない、という無気力

また朝、ひとりでお散歩に出たとき、職員さんがまだ出勤前だったのですが、博物館などの入り口が特に閉まっていることもなく、中庭まで入れてしまいました。展示も観られそうでしたが、さすがに私もそこは…ニコニコ

結局は、セットチケット買わずに、別料金のところでそれぞれ入場料を払い、済ませてしまいました。これってルール違反でしたかね?
ゆるゆるなお国柄のおかげで、これでのんびりと観光してしまいました。

全部の門を見て分かったのは、大型観光バスが停まる駐車場のある西門は、まるで遊園地にあるような仰々しいチケット売り場と列に並ぶ柵があり、コードをかざして入るレバー回転式の歩行者専用の門であること。そしてこの改札機は機能していないということ(置いてあるだけ)。



北門は城外の町に続く車がギリギリ通れるくらいの、住民や城壁外の大型ホテルやホステルの泊まり客が徒歩で利用する門であること、
東門と南門は観光客は来ないということ(私たちを除いて)。


(南門)


コントロールが弱そうな場所と時間を考察してみた。
…なんだか、これから城を攻めようとしている敵側スパイの気持ちです😂

ウズベキスタンに来て既に10日以上経ちますが、分かってきたことは、常に臨機応変で、交渉次第で、ツメが甘い。






とんがり盛り上がっている山型のところは、お墓です。城壁の南側の内側と外側に崩れかけたものもありましたが、たくさん見られました。


この町は観光客の町ですが、ちゃんと住民もいて、夕方散歩していると、元気に外で遊んでいる子どもたちがたくさんいます。

親戚がたくさん集まるの宴にも遭遇しました。



いや、チケット制って。でも城壁の外に住んでいて、地元の歴史を感じるために散歩に来ちゃいかんのか?その辺は地元の人はどう思ってるんだろう。

もしオーバーツーリズムの波がここまで来るとしたら、とりあえずチケット制にしておいたら入場制限できるよね。(この春に行った京都なんて、できれば近づきたくないくらいでした驚き…)

今はただ、この地平線の彼方でポツリ感を味わっておこうと思います。









北門の階段から城壁の上にのぼります。

夕方から真っ暗になるまで城壁を歩いたのですが、明るいうちは良いのですが、暗くなると柵もなく、電灯もなく、誰もいない城壁の上を歩いていてちょっと怖くなりました。小さなお子様は絶対危ない。


それより、真っ暗な中、階段に戻るときに「階段の門が閉まっていたらどうしよう」という不安が大きかったですな、なんせ解放時間とか書いてないですし。


ひとり40000スムでした(夏までは半額だったらしい)、観光客はいくらまで払うんだろう?と模索している最中だと思います。


あと、カルタ•ミナール近くの西門からも登れますが、夕陽を見るために人が鈴なりになっていたのでやめました。

いつも出来るだけ人混みを避けたい私たちなのでした…にっこり



続きます(^^)/

夕方、ヒヴァの旧市街を歩く。
見てみたかったカルタ・ミナールを独り占め。









本当だったら、100メートルのアジアで一番高いミナレットになるはずだったけれど、途中で工事が中止になってしまう。
理由は、
1)依頼主の戦死 
または 
2)現場の建築家が突然死
…と言われているけれど、もう170年以上前のことで、色々な噂がありどれも定かではない。





確かなのは、ガラスのタイルを張り詰めたミナレットの美しさ。色もデザインも🩵ここでしかないものだ。
途中で工事が終わって変な形になってしまったけれど、今ではこれが特徴となって観光客を魅了しています。
隣接するメドレセ(学校)は現在はホテルになっています。中世の教室で泊まる気分ってどうだろう、楽しそうです。



ウズベキスタンの西、ヒヴァの町へやってきた。
城壁に囲まれた旧市街のレストランはとても高かったので、城壁の門を越えて、貯水池の横に見つけたレストランへ。



緑茶を頼んだら、注文をとりにきたお姉さんが「チャイ、フルッティ、グー👍イエス?」と勧めてくださるのでお願いした。
大きなガラスのポットで出てきたお茶は、色々な種類の果物が浸かっていて、ほんのり蜂蜜の味もする、おすすめしたかったのがよくわかりました🫶



「おすすめありがとう、とてもおいしい」片言のウズベク語で伝えるととても嬉しそうに笑い、「だしょー?」って言った(気がした)。
食事もウズベキスタン料理ばかりでとても美味しく、スープには写真のように牛肉ベースのスープにはひき肉を包んだものが入っています。香草も効いていておいしい。この食感と味…そうだ!ワンタンメンでした。うん、シルクロードw実感してる‼️



店の反対側で30名くらいのグループが何やら宴を開催している模様、ずっとウズベキスタンのノリノリ音楽が流れている。給仕のお姉さんが「さぁ、テーブルを退けて!踊って踊って〜」と言って(たぶん)、着飾った女性たちが踊り出した。お誕生日かしら?子供達も可愛いお洋服を着せられてはしゃいでいる。



食事を終えてさぁお会計をしようと思ったその時、グループの一段と美しいウズベキ女性に手を取られ、踊りの輪に入れられてしまいました。見様見真似で両手をくるくるヒラヒラリズムに合わせて踊ろうとするも、見てるよりなかなか難しい。それよりも恥ずかしい🫣でもせっかくなので、一生懸命に踊ってきましたー!
ウズベキスタンの人たちがするように、手を胸に当てて、「Rahmat」と言うとみなさん温かい拍手をしてくださいました。忘れられない思い出になった🫶
寝台列車で出発進行☝️



ブハラから目的地のヒヴァまでは、寝台列車(6時間半)またはタクシー(10時間)しか交通手段がありません。または40km先の空港まで飛んで、そこからタクシー。
最近まで鉄道さえ走っていなかったそうなので、ありがたいと思いましょう。それに寝台列車に乗るのは一体何年振りでしょう!

切符はネットで購入済み。ですが現地の電光掲示板には観光客の乗るタシケント行き特急アフラシャブ号の表示しか出ていません。駅員さんに聞いてみるも、ニコニコ頷くだけでちょっと心配になってきました。
列車がホームに入ってくる直前までホームに出ることはできず、なかなかのドキドキものでした。

ですが、いつものように、なんとかなるものですねぇ。

気温は7度。入ってきた列車が、20両くらいあって、どうやらサマルカンドあたりで合流した列車を2本繋げたようなんです。長い。そしてホームに入ってくるまだ動いている列車の目を凝らして車両番号を確認。紙にプリントしたようななぜか最前列の「13」から始まって、次は「9」「7」「6」(えええ?)からの、突然「18」…。よくわからないシステムでしたが、無事予約している19号車に乗ることが出来ました。車両同士の行き来はできないので、始めにちゃんと自分に車両の扉を探さなければなりません。列車が入ってきた時に待っていた大勢の大荷物の乗客たちが、「あっちだ!」「いや、こっちだ!」とホームでやいのやいの移動する姿は滑稽であり愉快でありました。自分もその一員😅

結局20分くらい停車していたので、車両を見つける時間は十分にありました。

ただ駅に入るのに荷物検査があったりするので、最低30分前には構内に入っていた方が安心かもしれません。
私達はトイレに行ったり(駅のトイレはきれいで無料、備え付けのトイレットペーパーは無し)コーヒーを買ったりして過ごしたので、あっという間に乗車時間になりました。





走り始めるとすぐにシーツと枕カバーが配られるので、自分でベットをセット。6時間も景色が変わらない草原砂漠、絶対に欠かせないお茶のためのお湯のタンクの写真を載せておこう✨







タンクの横のレバーを回すとお湯が出る。







あと車内販売も来るんだけれど、ものすごい速さで通り過ぎていくので、呼び止められず😆一応食料は持ち込んではいるのですが。

「コーラ、ファンタ…」と微かに聞こえたら、速攻で起き上がって呼び止めないと。「サモサ〜」も来ました。





Googleの現在地はアフリカ、ネットは完全に無し、携帯電話が困惑している。そんな地の果て。

ごとんごとん、と心地よい線路の音と揺れと、地平線まで続く大地を地面ギリギリに這って進んでいくんだよなぁ、という感覚が最高すぎた。


下りてから見てみましたが、タジキスタンの国境近い町から来ていた列車なんですね。タシケントから来た列車と途中で連結したようでした。

XivaまたはKhivaとも書く。


ヒヴァ駅到着。


これから押し寄せるであろう観光客を見越してか、ここにも特急列車を通そうというプロジェクトがあるらしいです。うーん、寝台列車めちゃくちゃ楽しいんだけどな🫶

因みに、チケットはインターネットで簡単に取れました。ウズベキスタン・レイルウェイの公式サイトから、分かりやすい英語の予約サイトに進めます。ログインはしなければなりませんが、あとはカード払い、とても簡単でした。乗車日の45日前から予約可能で、まだ発売になっていない列車は表示は読めるけれど、色が薄くなっていて、旅程を決めるときに参考になります。色が濃い表時は発売中、薄くなっていたら売り切れです。

列車の旅っていいねー🫶✨
ウズベキスタン料理、ラグマン。
もちもち太麺、住宅街の小さな食堂や観光客の賑わう町中のレストラン。どこで頂いても美味しかった。

焼ラグマン
汁ラグマン
別盛りラグマン

どれもいい。

焼ラグマンはトマトパプリカ味で、牛か羊の挽肉か小さく切った肉が入っている。ちょっとグーラッシュに似ている。追加で目玉焼きをのせてくれる。



汁ラグマンは牛骨で取ったスープにトマトが入っていて、にんにくもたっぷり。




私が一番好きなのは、別盛りラグマン。
麺の味がちゃんと分かる。麺を付ながら食べるのか、かけて食べるのかは不明…他のお客さんが食べるのを観察する機会があればすぐに真似するんですが。





緑の麺はシュヴィット・オシュ(Шивит ош)ディルが練り込んであって、噛むごとに爽やかな香草フレーバーが楽しめてこれもとても美味しかったです!

ウドンもない、スパゲッティでもない、その丁度中間。まさにシルクロードの真ん中ではありませんか?🤗✨

宿から10分も歩かない場所に、見学できるお屋敷があると宿のお父さんがおすすめしてくださったので行ってみた。


ただウズベキスタンの富裕層の家がどんな感じなのかみてみたかっただけ…なのですが、行ってみたら地元にとって大切な人物のお屋敷だったことが分かります。


木々の間を抜けていくと、まず縁側のような場所がありました。


ウズベキスタンでよく見る木の柱です。

一本一本模様が違います。

外でも雨が降らないので、腐ることは無さそうです。


ここまでは誰でも入って来れて、

この先にチケット窓口がありました。


窓口といっても、小さな部屋におばちゃんが腰掛けに座っているだけなので、見落としてしまいそう。




昔の写真が飾ってあった。

チャイを飲む人たち。


シルクロードに沿ってある国々に必ずある大事なお茶の習慣。



台所から中庭を見たところ。






壁の模様が美しい。


中国にような気もするし、東欧のような気もする。

そうだ、ここはちょうど、真ん中でしたニコニコ

Fayzulla Khodjaev という人が住んでいたというので調べてみたら、1896年生まれで、ここは商売で財を成した父親のお屋敷だったらしい。地元の産業や発展のために尽くして町の重要人物になったけれど、スターリン時代に、ソ連の綿花栽培だけに偏った産業化政策を批判した事によりモスクワで銃殺刑にされる。43歳…


すてきなお屋敷で、手入れされたお庭があり、木でできた赤ちゃんのゆりかごも置いてあって、きっとFayzulla Khodjaev さんの家族はここで幸せな時を過ごしていたんだろうなぁ、と思うと胸が痛む。


ブハラで見学してよかったなぁ、とつくづく思う一番の場所でした。


中世の歴史を感じさせるエキゾチックな建物やシルクロードを感じることも楽しいけれど、現代に通づるこういう間近な歴史を考えさせられる機会も貴重。


気を取り直し、ブハラの市街地をちょいと抜けると、Chor Minor という建物がある。





崩れる心配があるとかで、中には入れなくて残念。面白い形の建物。


入り口のあたりにお土産屋さん。欲しいものがあったので値段を聞こうと思ったのに、店番の女性2人はお電話中で忙しい。他にお客さんもいない小さな店のに、商売する気が全くないので可笑しすぎた。もちろん何も買わずに退散。

元々は学校の一部だったらしいのですが、この建物以外には何も残ってはいません。


こちらは建物を見上げて見学終了。


…次にいきましょう (^^)/