大学時代の級友から彼の書いた最近の貴重な論文集が送られてきた。

 最近の私の体調を気遣ってくれながら、変わらぬ友情に目頭が熱くなった。

 友人S氏は京都のR館大学で学部長なども歴任し今でもなお、素晴らしい研究を続けている。

 学生時代に静岡県の三島にある彼の実家に2度ほどお世話になったことがある。

 彼は実家の父親の乗用車を借りて私を富士山麓の観光地や伊豆にも連れて行ってくれた。

 その時見た風景は今でも忘れられない。

←富士山麓にある「白糸の滝」

 2回目は関東方面に研究室旅行に出かけた帰りだった。

彼は私が岩手県と静岡県の高校教員の採用試験を受けたことを知っていたので、

それでは「我が母校の沼津東高校の校長に会いに行こう」というのである。

一介の学生が母校の高校の校長に会おうというのは大変な事だと思ったが

本人はあっさり私を母校に連れて行って

 玄関で「何年卒のS橋ですが校長さんにお会いしたのですが・・」と申し出たのである。

←名門静岡県立沼津東高校

 あにはからんや・・我々はあっさり、校長室に入ることが出来、校長さんと親しく会話することが出来たのである。友人S橋氏は私の事を紹介する時、

「彼は今年、静岡の高校教員試験を受けたので是非面倒を見て欲しい」と言ったのである。

 これに対してその校長さんは「君が紹介するんだからできる限りの事はしよう」

とまで言ってくれたのである。

自分も岩手県の高校のkoutyouさんを経験しているが今でもびっくりするような思い出である。今更ながら友人S氏の友情に感謝する思いである。

さて、結果的に私は岩手県の教員になったのであるが、

この時点ではこの静岡県に大変魅力があった。

やはり、富士山が見える事ともう一つ伊豆地方で採れるワサビが大好きであったからである。

私は長期の休みに岩手に帰る時は途中の浜松のあたりで鰻弁当と

田丸屋のワサビ漬けを買って帰ったものである。

このワサビ漬けは今でも各地で販売されているが、その甘くもない味付けと

ピリリと辛いその味は今でも大好きである。

S橋氏に伊豆まで連れて行ってもらいそのワサビ田を見た時の印象は格別であった。

 

さて、幸か不幸か私は岩手県と静岡県の二つの教員試験の2次試験まで辿り着けた。

岩手県の2次試験は県外の学生は東京の会場で行われたが、最近亡くなられた金野精一先生が面接官であった。先生の鋭い眼力に圧倒される中、「君は明治百年論をどう思いますか?」と質問された。ちょうどその年が1968年(昭和43年)であり、明治元年から数えて丁度百年目であったので世論は明治という時代の評価で割れていた。

この頃は学生運動が極めて高揚しており次の年の1969年1月には東大紛争が真っ盛りで安田講堂に機動隊が突入し、東大入試は中止となり我が京都大学も東京から来た全学連の連中によって封鎖され入試こそ実施はされたものの、卒業式は中止となり、私は文学部の小使い室(今では使われない)で卒業証書を受け取ったのであった・・・。

その半年前の面接であったが面接官は私が過激学生かどうかを伺うようなそぶりであった。

私は当然そのような質問をある程度予想していたので、こう答えた。

「勿論、明治維新は素晴らしいもので最大の評価を受けるべきです。だって、何処の国にも革命記念日とか独立記念日があるんですから。日本も明治維新はそれに匹敵するものだと確信しています」・・・この答えは結果的に岩手県で日本史の教員として私一人が本採用されたことにつながったと思っている。金野先生・・もう、時効ですからごめんなさい。

さて、静岡の教員採用試験の2次試験である・・・。2次試験は殆んどが面接であった。

静岡の会場は駿府城の一角にある県庁の中で行われた。

←駿府城の堀

今でも思い出すが岩手県でも日本史の教員試験に2教室分の受験生が応募していたが

静岡県ではその倍近い競争率であった。

さて、静岡県の2次試験の会場に行って見ると暗い廊下に椅子があり、

そこで待機するよう係官から言われた。

ところがそこに座っているのは私よりはるかに先輩の感じの紳士と

私の二人だけであったのである。

その待機時間にその紳士が私に話しかけてきた。

「貴方は現役の学生さんですか・」「そうです」

「どこの大学から来ましたか?「京都大学です」・・・・

彼はにっこり笑って「ああ、そうですか・・。それなら貴方と私はもう、必ず合格します。

だって、私はこの席にたどり着くまで3年かかったのですから・・・」

私はその紳士(大先輩)とすぐ親しくなり、面接が終わった後、楽しい会話をしたものである。

彼は喜んでこういった。

「これからの静岡県の日本史は貴方と私が指導していくのです。頑張りましょうね!」

こう言って彼は私にあの田丸屋のワサビ漬けをお土産に買ってくれたのである。続く・・