前回の続きです


去年の7〜8月頃のお話です





夫と話し合いをしていくも、全く話が通じず平行線のままでしたうずまき



夫の話題はいつだって、


どうすれば夫が家に居やすくなるか

どうすれば私の機嫌が良くなるか


ということでした





私はどちらのテーマについても、子どもが生まれてからも努力して来たつもりですうずまき



娘の夜泣きでまともに睡眠が取れなくても、なるべく夕飯作りはしていましたナイフとフォーク

夫が仕事から帰ってくるのが遅くても、チンして食べやすいように工夫して栄養面も考えてうずまき


夫が脱ぎ散らかしたパジャマも、ムカつきながら黙って片付けていましたうずまき


娘は重度の卵アレルギーなので、卵の入っている食品の取り扱いには特に気をつけて欲しいと伝えていても、夫はそこらへんに卵の入ったお菓子をボロボロ溢すので、私はそれを毎回掃除していましたうずまき

(私が注意しても、夫はごめんとも言わず、あーはいはいみたいな感じでスマホをいじいじ)


夫の不注意から娘が怪我をしてしまったとき、夫では娘の対応は全くできないので、私が家事の手を止めてやっていましたうずまき


娘の夜泣きに関しては、仕事が大変な夫を労って、次の日が休みの日だけでも手伝って欲しいと伝えていましたうずまき

(以前ブログに書いたとおり、夜泣きのサポートをしてくれたことはほとんどありません)


夫は言葉で言ってもすぐ忘れるので、頼みたいものやコトなどは全て文字にして、手紙やLINEで伝えるようにしていましたうずまき

(でも、夫はその手紙やLINEを見るという行為をしないので結局忘れます)


窓や扉の戸締りをお願いしても夫は忘れるので、毎回全部私がチェックしていましたうずまき


帰省の手土産や父の日、母の日、義両親の誕生日など、全部私がやっていましたうずまき


夫が私の両親の前で粗相しても、私が常にフォローしていましたうずまき

(無精髭生やして来たときは、さすがにコイツ…と思いました)






書き出せばキリが無いほど、自分で言うのもなんですが、私は結構頑張って来たつもりです


育児も、夫の手を借りたくても借りられなかったので、一人でやってきました


頼れる人がいない土地で、本当に一人で、孤独に、子どもと共に毎日を生き抜いていましたショボーン







それでも、夫からすれば


ゆうきは、キチキチし過ぎるから疲れる


だそうです




私に対して日々の感謝も全く無く、反対に文句も特にない人でした真顔


つまり、無関心なんですよねもやもや




掃除なんてしなくても生きていける


という考え方の人なので、私がもっと綺麗に掃除してよ!と夫に注意することが、夫は耐えられないんだそうです


いや、別に隅々まで掃除して欲しいわけではなくて、お風呂掃除をするときは排水溝を娘が触るからそこのゴミを取っておいて欲しいと伝えただけなんですけどね…

夫に隅々までピカピカに掃除できるなんてこっちも思っていないし期待もしてないし真顔








まぁそんなわけで、平行線の話し合いうずまき




夫が提案した解決策は、



別居でした






お前が言う?指差し



続きます