1.自責

 

「もう、ダメだ・・・」

 

後悔の念しかない。

あの時の自分は、冷静さを欠いていたのだ。

己の愚行を、ただ責めることしかできなかった。

 

今ここに、私は自らの罪を告白したいと思う。

忘れないために。

繰り返さないために。

 

そして私は、30分前の自分に思いを馳せるのであった・・・

 

 

2.教唆

 

授業が終わり、私はある店を目指して歩いていた。

普段ならホームステイ先に直帰するところだが、今日は夜に予定があった。

 

「夜は外で済ませるから要らない」

 

自由なディナーを楽しめることに、私は浮かれていたのだろうか。

5分ほど歩くと、目当ての店にたどり着いた。

 

 

カナダでベーカリーといえば、お分かりいただけただろうか。

そう、今日のディナーはスイーツだ。

一見贅沢で、それでいて子供っぽい、私らしい発案だと思う。

 

店内に入ると、多彩な商品が所狭しと並べられていた。

私はケーキのコーナーの前で立ち止まった。

 

「マンゴーとパッションフルーツのムース」

 

南国情緒溢れる甘美な響きに酔いしれた。

これを食さずして、他に何があるというのか。

 

「小さいケーキ3種にしようか」

 

他のスイーツにも目星を付け、注文しようとしたその時、何かに引きずられるように、視線が上に向いた。

禁断の出逢い。

何かが私に語りかける。

今になって思えば、それは悪魔だったのだろう。

 

「アップルパイ1ホール」

 

 

「ホールケーキ」は分けるものという常識を打ち破る、革新的な発想。

極上の贅沢。

その時の私は、何かに酔いしれていたのだろう。

 

囁きに従うままに、私はアップルパイを1ホール購入した。

 

 

3.孤闘

 

5分後、私は外のオープンテラスに腰掛けていた。

寒い時期だ、他の席には誰も居ない。

2月の風が突き刺さる。

だが、私は大きな任務を抱えていた。

 

「アップルパイを1ホール食す」

 

あまりにも奇異なミッションだ。

中で遂行しようにも、周りの視線が突き刺さる。

 

 

また、1ホールのアップルパイを広げるには、カフェの机は小さすぎた。

異端者は異端者らしく、はみ出し者として生きようではないか。

 

店員さんは当然、持ち帰ることと思っただろう。

私の発案は、他人が理解するにはあまりにも先進的過ぎた。

何の疑問もなく箱に詰め、何の疑問もなく袋に入れてくれた。

 

申し訳ないが、"To go"ではない、"For here"だ。

箱を開くと、眼前に待望の光景が広がった。

 

 

孤独な自分と対照的な、弾けんばかりの甘い輝き。

輝きが色褪せないうちにと口に運ぶ。

 

視覚に訴えかけた輝きが、味覚として口の中に広がる。

期待を寸分たりとも裏切らぬ味わい。

横切る通行人を尻目に、私は至高の贅沢を味わっていた。

 

 

特にムースが、私を虜にして話さない。

2層の生地とに乗ったマンゴーの味わいが絶妙だ。

勿論甘い。

だが、程よい酸味が私を飽きさせない。

 

「時よ、止まれ」

 

甘美な時間が続くこと。

それが私の、たった1つの願いだった。

 

だが、輝きは長くは続かない。

まるで、甘い夢から醒めるように。

正常な感覚が、私を現実に引き戻していく。

 

「1ホール、多いな・・・?」

 

当然の帰結であった。

ホールケーキは複数人で分けて食べるもの。

1人で食べられる分量ではない。

 

甘味から苦しみへの遷移。

いや、甘味は残っている。

だが、そこに私を癒やした頃の姿は無かった。

現実に立ち戻った私に対し、甘味が牙を剥き、満腹中枢を刺激してくる。

 

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どれだけ時間が経っただろう。

完食した達成感などない。

残ったものは、2つのスイーツが入っていた空き箱と、私の心を包む虚無感のみ。

空き箱を処分し、空虚な宴に終止符を打つのであった。

 

もう、繰り返さない。

1ホールのケーキは食べ切れない。

特に甘味は、積み重なると加速度的に飽きが来る。

 

「人はまた、過ちを繰り返すのか・・・」

 

何事も適量が大事。

分かりきった真理なのに、私は幾度となく背いてきた。

また繰り返すのかもしれない。

だからこそ、自戒の意味を込めて書き留めたのだ。

 

次の予定に向かうべく、私は寒空の街へ繰り出すのであった・・・