1.14日の昼
11時50分。授業が終わった。
とにかくもう 学校や家には帰りたくない。
異国の地で、自分の存在が何なのかさえ 解らず震えている
14日の昼
自分の足で走り出す 行き先も解らぬまま
明るい昼下がりの街へ
誰にも縛られたくないと 逃げ込んだこの店に
自由になれた気がした
14日の昼
2.肉とパン
カナダ留学を初めて2週間。
俺には大きな悩みがあった。
英語には慣れてきた。バンクーバーは見所が多くて回り甲斐がある。
だが・・・
飯に飽きてきた
これは切実な問題である。
ランチの時間、クラスメートや先生の助言を受け、オススメとされる店を回ってきた。
ハンバーガー、サンドイッチ、ホットドッグ、タコス・・・
これらには、大きな共通点がある。
パンで肉を挟む
パンで肉を挟み、ソースやケチャップなどをかけて食べる。
正直ワンパターンである。
朝食はパンで固定、夕食も肉+炭水化物の組み合わせで、3食変わり映えしない。
白米や、醤油や出汁という概念から離れ、自分の存在が何なのかさえ、解らず震えていた。
まだ留学は2週間ある。
これからも、パン+肉の組み合わせに縛られ続けるのだろう。
もう、縛られたくない。
逃げ出したい。
そう思う僕の前に、救済の手が差し伸べられた。
3.ソウルフード
やり場の無い思いを抱えながら歩き続けた俺の前に、「麺屋 こころ」が舞い降りた。
「たい、わ、ん、ま、ぜ、そば、、、」
その瞬間、俺の日本人としての魂が呼び覚まされた気がした。
和食といえば、寿司だ天ぷらだと言う者が居る。
だがそれは、金持ちの奢りに過ぎないと思う。
確かに寿司や天ぷらからは、素材の味を楽しもうとする和の雰囲気が感じられる。
しかし、我々一般庶民が毎日口にするものだろうか。
ラーメン
カレー
元は中国やインドに由来する料理かもしれないが、ラーメンは醤油・味噌など日本の調味料を組み合わせて独自の進化を遂げた。後者は日本の白米と合うルーを生み出し独自の進化を遂げた。
多くの外食店が鎬を削り、庶民に手の届く価格でありながら、味の質・バリエーション共に申し分ない。
これこそが、我々日本人に根付いた、ソウルフードと言えるのではないだろうか。
そんなことを考えながら、「麺屋 こころ」の扉を開いた。
ふふっ、まさかカナダで食べることになるとはな・・・
4.麺屋 こころ
最大の驚きは、入店した瞬間に訪れた。
「いらっしゃいませ!!!」
「お客様をご案内します!」
日本語で客を出迎える挨拶が響く。
ホールスタッフだけではない。
厨房からも響く声に、ついつい感動させられてしまった。
日本仕込みの接客が、遠いカナダの地にも引き継がれていようとは。
俺は、海外のチップ文化に疑問を抱いていた。
歴史的背景はあるのだろうが、接客の質が日本よりも低い国で、何故チップを払わないといけないのか。
いや、むしろ逆だろう。
快い接客に対し、客の側が敬意を払うべきなのだ。
理不尽なクレームなど論外だ。
お金を払う客と、料理と接客サービスを提供する店。
両者は対等な立場にあり、良いサービスに対しては、我々も感謝の意を示さねばなるまい。
アルバイトによる不祥事が取り沙汰される中、今まで当たり前のように受け止めてきた接客サービスに対し、その努力にどう報いるかを考えるべき段階に来ているのかもしれない。
おっと、語りが長くなってしまったな。
注文をしなくては。
日本でお馴染み、混ぜそばのメニューが並ぶ。
久々の日本食にありつける喜びから、俺は全部混ぜそばを頼んだ。
値段は17.99ドル。
約1600円、税とチップを含めれば殆ど2000円だ。
日本では考えられない値段だが、俺は逃げ出したいのだ。
舌をリセットしたいのだ。
その対価と考えれば、決して高い値段ではないだろう。
注文を待っている間、サイドメニューや注意書きを読んでいた。
唐辛子が置かれている。
見つけるとつい振り過ぎてしまうのが、俺の悪い癖。
味を壊さぬ程度にとどめなければ。
隣には混ぜそばの食べ方が書かれていた。
"Get a FREE portion of rice"
カナダでも「アレ」は健在なのだな。
そんなことを考えるうちに、混ぜそばが出てきた。
日本でお馴染みの光景が広がる。
具が所狭しと詰め込まれた盛り付けから、これらを混ぜて一気に食するのだという期待感が膨らむ。
具材の宝石箱と惜しみながらも、味のためだと言い聞かせ、よくかき混ぜて一気に食す。
「こ・・・これだ!!!」
懐かしい味だった。
メンマの味が薄い。
味玉が冷えている。
全体的に味の調和が甘い。
本場の味と比べれば、確かにケチを付けるところはあった。
だが、基本はできている。
混ぜそばという日本の新たな文化が、既に海を渡ってカナダに進出している。
その事実だけで十分ではないか。
旨い。満足した。
そして、日本に帰った暁には、より旨い本場の味を食してやるのだと、固く胸に誓った。
・・・おっと、感傷に浸ってしまったな。
まだ終わりではない。
〆が残っているではないか。
全部混ぜそばの豊富な具が飯に絡む。
単なるソースやケチャップではない。旨味にこだわり練り上げられたタレが、全体の味を引き立てる。
「追い飯」という日本語が、いつか根付くことを願いつつ、懐かしの白米を平らげたのであった。
店を出た後、ふと看板が目に入った。
ビール、ソフトクリーム、そしてタコ焼き・・・
日本では考えられないサイドメニューが並ぶ。
だが、これで良いのだ。
日本のやり方を踏襲するだけでは成功しない。
現地の人に受け入れられなければ意味がない。
タコ焼きなど、日本の味と比べれば稚拙な味に過ぎないのかもしれない。
だが、知ってもらうことが大切なのだ。
タコ焼きを、混ぜそばを知ってもらった上で、いつか日本に食べに来てもらう。
「麺屋 こころ」の試みが、いつか実を結ぶことを祈りつつ、俺は店を後にした。
ごちそうさま。