nehageのブログ

nehageのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!

  有朋自遠方来不亦楽乎(とも有り、遠方より来る。また楽しからずや)。「論語」の冒頭に出てくるこの1節は、日本人の間でも、比較的よく知られている。私の世代では、10代の初めで覚えさせられた。40年たったいまも、新しい友と出会い、古い友人と再会するたびに、繰り返し思い出す。
  孫盛林さんと初めて会った2年前にも、孔子のこの言葉が頭をよぎった。彼自身のそのときの説明によれば、「生後の9年を山東省で過ごし、その後の9年を黒龍江省で、次の9年を北京で、そしてまた9年あまりを東京に住み、今に至っている」という話だった。日中間の交通が容易、かつ迅速になったとはいえ、私は「遠方より来る」という思いを持った。有朋自远方来,不亦乐乎。《论语》开篇这一节名句,在日本人中也较为人知。与我同年代的人,在十几岁时就被灌输在脑子里。40年过去的今天,无论与新朋相会,与旧友重逢,仍总要想起这句话来。
  两年前与孙盛林第一次相见,孔子这句话再度在脑海中闪现。他自己介绍说:"小时候在山东呆过九年,其后在黑龙江九年,在北京九年,来东京也有九年了。"尽管中日之间交通已经变得容易而迅速了,我还是感到,他是自"远方"而来。

  孫さんは私より15歳も年下で、彼は当時、人民日報のインターネット版日本サイトを軌道に乗せるため、文字通り徒手空拳、獅子奮迅(ししふんじん)の働 きをしていた。私もまた、印刷媒体からウェブの世界に転じたばかりで、新しい表現スタイルを模索して苦労していた。孫さんに、世代、年代を超えた同志を見たのである。孙君小我15岁,他当时为了人民日报网络版日本站早日上轨道,真正是赤手空拳,发愤工作。我自己也处在刚刚从印刷媒介转向网络世界的当口,正为新的表现形式苦苦摸索。一见如故,引他为超越世代、年龄的同志。

  「日中飛鴻」は、ただでさえ多忙な孫さんに一層の負担 を強いることになった。私もまた、その後、がんを発病、入院、手術を経験する。しかし、お互い、インターネットというメディアの未来に揺るぎない確信を持っていたことが、この小さなコラムを続けさせたのだと思う。この間、人民日報インターネット版は、飛躍的に読者を増やしたそうだし、急成長した。《日中飞鸿》,给本来就忙的不可开交的孙君增加了新的负担,而我,在那之后,也经历了癌症发病、入院和手术的变故。是彼此对因特网媒介的未来的坚定信念,才使这个小小的栏目得以持续。在这期间,人民日报网络版日本站读者人数取得了飞跃的增长,朝日新闻网络版,也快速成长起来。

  「朋 」という概念は、幼時をともに過ごした仲間や、学校の級友 や職場の同僚 といった枠をはるかに超えて、どんどん拡大している。なにやらインターネットの広がり方に似ている。実際、インターネットが、思いもよらぬ友人を探し出してくれることも多い。
  私は、友人たちと私的なサイトを共有しているが、そのサイトに30年以上音信 がなかった古い友人から連絡が入り、昔に増して親しい交際 を再開している。そんな中の1人は、ずっと長くアメリカの地方都市に住んでいるので、会って話をする機会をまだ持てずにいる。朋有り、遠方にいて、来たらず、亦楽しからずや、である。"朋"的概念,超越幼时的伙伴、学校的同学和单位的同事的范畴,不断地扩大。颇像因特网的扩展形式。实际上也是,通过因特网,经常会遇到预期不到的朋友。
  我和友人运营的一个个人站点,断绝了30年音信的老朋友突然找了上来,重续友情,亲密不亚当年。其中有一个人,一直居住在美国的地方城市,至今没有机会见面叙旧。正是,有朋在远方,未曾来,不亦乐乎?