-・-・-・ 「弟の誕生」 ・-・-・-

港区青山・・・今は大都会の中のオアシスみたいで、緑が多い地域です。

昭和30年代は、本当に田舎と言ってもいいくらいの感じでした。


2~3歳の頃は、良く青山に行っていたみたいで、おじいちゃんの家を訪ねてくるおじさん・おばさんたちが、替(か)わるがわる向かいの青山墓地に連れて行ってくれて、写真を撮ってくれていたみたいです。


でも、家の間取りなども、あまり覚えていないんです。

入り口は土間で、そこに台所があったように記憶しています。

まだその頃は、ガス炊飯器も、もちろん電気炊飯器なんかなかった時代ですから、土間には竈(かまど)があってお釜でご飯を炊いていたみたいです。


_/_/_/_/雑  学_/_/_/_/

秋田の交通安全標語に、「ドカンと一発かまどきゃし」って言うのがあります。

ドカンと一発大きな交通事故を起こすと、竈(かまど)を消してしまうよという意味。

竈(かまど)を消すということは、昔は食べられないことを意味して、破産することも意味しているのです。

_/_/_/_/ここまで_/_/_/_/

 

土間から上がると、居間兼食事の場になっていたみたい・・・。

その脇の部屋のことはよく覚えてなくて・・・。

でも、弟が生まれた時のことは、特によく覚えています。

 

母親が大好きだった僕は、まだ2歳で母親のそばにいたい頃。

そんな時に、弟が生まれるので、襖(ふすま)を隔てて、母と別れて隣の部屋で独り寝るのが、とても寂しかったのを覚えています。


その後の、弟が生まれたばかりのこと、おふくろの横になっている姿も、一切記憶がないんです。何しろ小さかったからね・・・。


その後、弟が2歳、僕は4歳ぐらいの写真がこれ・・・。
3歳

青山墓地の通路の縁石に腰掛けて、余所行(よそゆ)きの服を着て、ヘアピンもやっておめかししているのに、半ズボンからデカパンがはみ出しているんだよね・・・。

さらに、蚊に刺されて掻(か)いてしまったので、血が出て包帯を巻いた、痛々しい右足。


いくら着飾っても、貧乏人の子供は、貧乏人なんだよね・・・。


-・-・-・ 今日は、ここまで ・-・-・-